第11話 表には出ないだけ
色蓮との付き合いで長らく空けていた『後片付け屋』としての仕事を、半分以上終わらせた。
元々俺は有名でない上に依頼の請負件数も少ない方だが、それでも1週間近く空けていたせいで中々の数が溜まっていた。
それでも1日掛ければ終わるのだが、どうにも夏休みの宿題みたいで気が滅入る。仕方ないと割り切れなかったが、まぁ怠惰のせいだと諦めるしかない。
「よう、一愛ちゃん。そろそろ俺の依頼に手をつけてくれると助かるんだけどな」
「……あんた俺に頼りすぎだ。たまには他の連中を使え」
異常領域対策本部・異常領域作戦幕僚長の岸部……なんとかが自販機でお茶を買った俺に声を掛けてくる。
幕僚長――実質トップの役職がいるここは丸の内にある異常領域対策本部の本丸施設なのだが、彼がここにいるのはおかしい。
一階だぞここ。まだ営業時間中なのに何気軽に人前に出てんだ。そして俺に話しかけるな。
そうした意味も込めて足蹴に答えたのだが、岸部は全く意に介さなかった。
「他の連中も駄目とは言わんが、やっぱお前に比べるとな。俺は依頼達成のスピードより精度を求める質だから余計に、てやつだ」
「なら余計に他を当たるようにしろ。俺はこれからもっと依頼に割ける時間が少なくなる」
「ほう? まぁちょっと話そうや」
岸部が外を親指で示す。
立ち話で済ませる気がないと悟った俺は、仕方なく岸部の後を付いていく。
そうして入った店は丸の内に相応しい小洒落た喫茶店だった。値段も相応に高い。
……唯愛のお土産もここで買ってくか。会計はこいつ持ちだし。
注文したコーヒーが届いて一息ついた段階で、岸部がおもむろに口を開いた。
「で、依頼に割ける時間が減るってのはどういうことだ。女でもできたか?」
「違う」
「おいおい隠すなよ。西園寺の娘に協力してるんだから合ってるじゃねぇか」
「知ってるならわざわざ聞くな。それと次わざと誤解を招くような事を言ったら二度と依頼は受けない」
「短気だねぇ。まぁその方が俺も気楽だ」
そうだろう。政治とかいう意味わからん魔窟に住んでる奴からしたら、俺のようなガキの相手は気楽もいいとこのはずだ。
だが俺からしたら、政治とかいう魔窟は1階層だ。
つまり、歩くだけで踏み潰せる。
わざわざ時間をとって相手をしているのは、俺がこいつ個人を評価してるからに他ならない。
そこら辺を分かっている岸部は、さっさと本題に移行した。
「単刀直入に聞こう。お前、西園寺の娘をどうするつもりだ」
「……というと?」
「分かってると思うが、お前も含めて探索者ってのはどいつもこいつも傲慢だ。心の底では俺達一般人を見下している、いつでも踏み潰せるアリンコだとな。違うか?」
「随分と偏見に満ちてる上に意味がわからない。つまり何がいいたいんだ」
「そういうとこだぜマジで。俺相手に駆け引きすらしないのがもう証拠だ。まぁお前は話が通じるし、傲慢なのを理解した上でわざとそう振る舞ってるからまだマシだ。だがな、大半の探索者は自覚なく傲慢だってのは覚えとけよ」
「知ってる」
俺を前にしてのそのクソ度胸に免じて答えると、岸部が微かに頬を吊り上げた。
「で、西園寺の娘がなんだって」
「あの娘は別に重要じゃない。西園寺グループの娘で、社会的に地位の高い人間なのは知ってるが、お前と西園寺雷蔵が懇意なのは知ってるからな。さすがに娘を預かる許可くらい、お前もとってるだろう」
「……」
「おい、とってないのか?」
俺の無言の肯定に、岸部がわざとらしく大きな溜息を吐いた。
大人が子供を諭すような目で俺を見てくる。
「あの娘を手伝う理由は聞かんがな、どっちから話を持ちかけたんだ」
「……向こうだ」
「なるほど。それなら責任は向こうにある。お前がわざわざ親父さんに許可をとる必要はないな。まぁ? 人として筋を通すことはまた別だがな?」
「……」
「人として、筋を通すことは、別だがな?」
……耳の痛いことを繰り返すな。
「……このあとすぐに許可をとる」
「オーケー。お前がそういう人間であることを俺は嬉しく思う」
言い訳をするのであれば、許可自体はとるつもりでいた。
ただ優先順位が低かったせいで、次会うときでいいかと思っていただけだ。
遅いと言われれば全くその通りなので、ぐうの音もでない。
「……で、西園寺の娘が重要じゃないならなんだ」
「お前が重要なんだ。正確には、お前の行動全てがな」
「ゾッとすることを言うなよ」
「事実だ。それくらいの認識はあるだろ」
……丁寧だな。
俺という爆弾を抱える日本は、俺に忖度しながら行動を見張り、時には誘導し、可能であれば国にとって善き行いをさせなければならない。
そんな当たり前の共通認識から始めるとは、こいつにしてはかなり気を遣っている。
ここまでくれば、岸部の言いたいことも何となく分かってきた。
「つまり、お前……【覇星斧嶽】派のトップであるお前は、俺から西園寺色蓮には害を与えないと、そう言質を取りにきたで合ってるか?」
「さすが一愛ちゃん、話がわかる。あ、おかわりいる?」
……下らなすぎて帰りたくなってきた。
「お前も大変だな、トップのくせに」
「だろ!? 常人のトップはこんなもんだ。根回し根回し合間に工作、怠ったら自分より下の奴からも突き上げられる……やってられんぜたく」
「ダンジョンに潜るか? 100レベまでなら手伝ってやるよ」
「……ちょっと心が揺らぐ甘言を囁かないでくれるか?」
つまり、こういうことか。
岸部は自派閥以外(覇星斧嶽派ではない勢力)からの突き上げを阻止するために、唯一俺とコンタクトを取れる本人自ら、俺が色蓮を害しないという言質を取りにきた、と。
岸部を突き上げる理由はこうだ。
覇星斧嶽とコンタクトを取れるのはお前しかいないんだから、覇星斧嶽が何かやらかしたら、例えば無茶な指導で西園寺グループの社長令嬢を死なせたりしたら、お前の責任だぞ、と。
そのためにこいつは、俺が異常領域対策本部の施設を訪れるまで張り込みを続け(実際は部下を使って)、俺が現れたら偶然を装って声を掛けて何段階も踏んで俺の機嫌を取り、別に関心も無いのに聞きたくもないことを命を掛けて聞いた、と。
突き上げて来る奴の中には、当然他の高レベル探索者の派閥もあるのだろう。アイドルかっての。
……いや、競走馬か。
だからこそ、俺と直接コンタクトを取れるこいつが幕僚長になっている。
「俺は西園寺色蓮を手伝っているだけで、全ては西園寺色蓮の望んだことだ。死地に追い込んだとしても死なす気はない。仮に死にそうな目に遭っても五体満足精神正常まで戻す。そして変な探索者特有の思想を植え付ける気もない――これで満足か?」
「いや助かる! 助かるよ一愛ちゃん! あ、ケーキ頼んでいいよ」
俺はメニュー表を眺めて、端から端までケーキの持ち帰りを頼んだ。
唯愛の友達にも分けてやらんとだし。
「ははは、いやぁよかった。やはり持つべきものは世界一位の探索者で物わかりの良い友人だ。ついでにもう一つ聞きたいことがあるのだがいいかな?」
「どうぞ。なんでも答えてやるよ」
「第二次ダンジョン崩壊はいつ起こる?」
……こいつ。
本当に聞きたいことはこっちか。
俺の性格を把握されているのは癪だが、なんでも答えると言った以上はできうる限り答えないといけない。
しかし本当に癪なので、俺は一つのアイテムを取り出して岸部に手渡した。
「……これは?」
「俺がダンジョンから対価として得た、ダンジョン崩壊に関する知識だ。お前にやる」
「――なんだと」
「言っておくが、第二次ダンジョン崩壊がいつ起こるかは分かっていない。それはほんの触りだしな。使えば知識が頭に刻まれて過負荷を起こすから、横になれるところで使うのを推奨する」
「……ふむ、いつこの知識を手に入れた?」
「昨日だ」
俺の返答に、岸部が胡乱な眼差しを向けてきた。
「どういうことだ。聞いた俺が言うのもなんだが、お前はダンジョン崩壊なんて気にも留めていないと、そう思っていたが。なぜわざわざ対価を差し出してまで知識を得た」
「お前が心配するような理由じゃない」
俺が危機感を覚えるほどの予兆を感じた、とかではない。
暗にそう伝え、返事をはぐらかした。
……ただの気まぐれだ。
そんなことを言っても、理解されるとは思えないし、されたくもない。
「……まぁいい。お前が世間を気にかけるのは俺にとっても良いことだしな。良いことついでに、他の良識ある高レベル探索者にもアドバイスしてくれると、そいつらの派閥も取り込めて助かるんだが?」
「断る」
「おいおい即決かよ。日本の将来を想って少しは考えてくれてもいいんじゃねぇか?」
「断る。俺が手伝うのは西園寺色蓮だけだ」
「……依頼として出しても駄目か? 俺が幕僚長として本気で懇願したらどうなる?」
「別になにもない。西園寺以外を手伝うこともしない。あんたが変わらず異常領域対策本部のトップに立つだけだ。その後は知らんけどな」
俺がこいつと縁を切るだけ。
それだけだ。本当にそれ以外はなにもない。
だがその重要性を俺以上に理解しているこいつは、誰が見てもわかるくらいに頬を引きつらせた。
「おいおい、たかが低レベル探索者に、世界一位が入れ込み過ぎだろ」
「ただの低レベル探索者じゃない」
俺は席を立ち、店員からケーキが入った持ち帰り用の袋を受け取った。
「俺が手伝うと言った、探索者だ」
【Tips】異常領域対策本部
ダンジョン出現という未曾有の脅威に対処するため、政府主導で設立された超法規的な権限を持つ国家機関。
防衛省、警察庁、総務省など、各省庁から選りすぐりのエリートが集められた、対ダンジョン政策における日本の最高意思決定機関である。
探索者の登録やライセンス管理、低レベルの事件対応などを主な業務とする下部組織「探索者統制庁」とは一線を画し、対策本部はダンジョンに関する研究、国家レベルの危機管理、そして「ダンジョン崩壊」への対策立案といった、より上位の戦略を担当する。
そのトップである幕僚長は、事実上、日本のダンジョン政策における全権を握っていると言っても過言ではない。




