第9話『神楽よ、翔べ!』
東京・渋谷の特設ステージ。
全国高校生ダンス甲子園――決勝戦の舞台は、無数の照明と歓声に包まれていた。
観客席には、何百という高校生たち。
YouTubeで「神舞-Breakers」の動画を見ていた者も、初めて知る者も、その姿を今か今かと待ち構えていた。
「次のチームは……福岡県代表、神舞-Breakers!」
アナウンスと同時にライトが落ち、場内が静まる。
白い照明が、ステージ中央に佇む二人を照らす。
拓真は母の形見・白装束を身にまとい、背筋をすっと伸ばしていた。
レオは艶やかな紺の法被に身を包み、帽子をかぶらず、素顔で立っている。
(ここまで来た。全部、舞い切る)
太鼓が鳴る。
――ドン、ドン、ドドン。
静かな笛の旋律とともに、拓真が一歩、また一歩と“神楽の歩法”で前へ出る。
その足取りはゆるやかだが、まるで神を呼び込むような荘厳さ。
そこへ、ビートが割り込む。
レオが回転し、逆立ちのブレイクムーブに切り替えた。
神楽の構えから、踊るように流れるフットワーク。
拓真の動きも変化し始める――
袂を翻しながらのウィンドミル、型のように見せたフリーズ。
神楽とブレイクが、ひとつになって踊っている。
会場から、最初のどよめきが起きる。
「なにこれ……和風なのに……超カッコいい!」
「神楽とブレイク!? 意味わかんないのに、すげぇ!」
衣装の裾が舞い、和太鼓とヒップホップビートが混じり合い、
その中心でふたりの高校生が踊る――まるで伝統と現代が融合し、新しい“舞”が生まれる瞬間。
拓真が叫ぶ。
「神舞――!」
その掛け声に合わせ、二人が同時に飛ぶ。
神楽の跳躍と、ブレイクのエアトラックが重なり、宙に弧を描いた。
着地した瞬間、照明がパッと落ちる。
一拍の静寂。
そして――
「うおおおおおお!!」
観客の大歓声が爆発した。
拍手、叫び声、立ち上がる観客。
その波はステージ裏まで届いた。
審査員の一人がマイクを取り、呟くように言った。
「これは……“伝統の未来”を見た気がします。
彼らは、古きを壊すのではなく、古きと共に、新しさを創った。真の意味での融合です」
*
控え室に戻った拓真とレオは、放心状態だった。
互いに肩で息をしながら、ゆっくりと目を合わせる。
「……やった、な」
「うん。ぶっちゃけ、今までで一番“舞った”気がする」
ふたりは、自然に拳を重ねた。
その瞬間、スタッフが飛び込んでくる。
「おめでとう! 神舞-Breakers、優勝です!!」
一瞬、時が止まったように感じた。
次の瞬間、拓真は泣いていた。
声も出さず、ただぽろぽろと、嬉しさと悔しさと全部が混じった涙が溢れていた。
レオはその背中を軽く叩いた。
「神、降ろしたな」
*
ステージでは、優勝チームとしてのインタビューが始まっていた。
カメラに向かって、拓真はマイクを握る。
「ぼくたちは……神楽という伝統と、ブレイクという表現をつなげてきました。
でも、僕たちだけじゃないです。日本には、まだまだかっこいい文化がある。
どうか、みんながその“かっこよさ”を見つけてくれたら、嬉しかです」
静かな拍手が起き、会場がまた温かい空気に包まれた。
その言葉は、未来へと届く“神舞”そのものだった。