第8話『全国大会前夜』
全国大会まで、あと三日。
廃校の体育館に、乾いたステップ音と神楽太鼓のリズムが響く。
拓真とレオは、いつものように神楽×ブレイクの“型ブレイク”を反復していた。
だが――その日のレオの動きは、どこかぎこちなかった。
「お前、どうしたん?」
そう問いかける拓真に、レオは言葉を濁したまま、視線を逸らした。
*
夜。レオは民宿の部屋でスマホを握りしめていた。
画面には、東京の母からのLINEメッセージが並ぶ。
「いい加減にしなさい。受験生なのを忘れてるの?」
「お父さんが帰京させるって言ってる」
「あなたの人生、踊りじゃないのよ」
視界がにじんだ。
(分かってる……分かってるけど)
レオは、自分の中で答えが出ないまま、拳を強く握りしめた。
*
翌日、拓真の元にレオがやって来た。
手にはスーツケース。
「……ごめん、俺、東京帰る」
「は?」
「親がマジでキレてさ。東京に戻って進学に集中しろって。これ以上は迷惑かけらんない」
「……全国大会、直前やぞ」
「分かってる。けど……親の言うこと無視したら、たぶんもう戻ってこれん」
拓真は言葉を失った。
レオがいなければ、「神舞-Breakers」は成り立たない。
けれど、それ以上に、友として――心の芯にぽっかり穴が空いたような感覚。
数秒の沈黙のあと、拓真はぽつりと言った。
「分かった。じゃあ、俺一人で舞う」
「……え?」
「最初はお前に引っ張られとった。でも今は違う。俺も……俺なりに、伝えたいもんがあるけん」
拓真の目は、まっすぐだった。
寂しさも、怒りもない。ただ、決意の色だけがそこにあった。
レオの胸に、何かがぶつかった。
(こいつ、ホントに……)
*
その夜。東京行きの新幹線に乗る直前、レオは最後にSNSを開いた。
神舞-Breakersの動画。コメント欄には全国の人たちからの応援が続いていた。
「地方の神楽がこんなにカッコよくなるなんて」
「伝統とブレイクの融合、マジで鳥肌」
「全国で見たい!」
(俺が、捨てようとしてるのって……)
次の瞬間、レオはホームに駆け戻っていた。
スーツケースを蹴り飛ばし、ポケットのスマホを取り出す。
「親父!俺、今は東京には行けない!全国大会、終わったらちゃんと受験するから!……今は、俺の“今”をやらせて!」
電話の向こうの怒鳴り声にも構わず、レオは叫び続けた。
*
全国大会前日。
廃校体育館に一人で立っていた拓真は、静かに舞の型を繰り返していた。
(……レオ、おらんのやったら、俺が全部背負う)
そこに、ガラッと扉が開く音。
「おーい、神楽小僧!」
聞き慣れた声。
「……は?」
拓真が振り向くと、スーツケースを転がすレオが立っていた。
「帰ってきたぞ、相棒」
一拍遅れて、拓真の顔が笑みに変わる。
「なんや、早かやん」
「言ったろ? 神、降ろすにはお前が必要。……でも、俺にも必要だった。お前がな」
ふたりの拳が、力強くぶつかる。
その夜、再び太鼓と笛とステップが廃校に響いた。
それは、神楽とダンスが未来へ羽ばたく“前夜祭”のように力強く、そして優しかった。