第7話『過去と未来』
全国大会出場が決まった週末。
拓真は、古びた蔵の戸を開けた。
軋む音とともに、懐かしい埃の匂いが鼻をかすめる。
薄暗い中、棚の奥にそっと置かれた桐箱。
蓋を開けると、白い布が静かに折り畳まれていた。
母が最後に舞った白装束――。
彼女は神楽舞の名手だった。
けれど、病に倒れ、拓真が小学生の頃に亡くなった。
「……母ちゃん」
指先で布をそっとなぞる。
その手が小刻みに震えるのを、止めることはできなかった。
*
その夜、食卓は静かだった。
祖父の圭一は、茶碗を片付けながらぽつりとつぶやいた。
「……今日、神楽保存会の会長に言われた。
『あの子、YouTubeで踊っとるらしかな』ってな」
拓真は手を止める。
「バレてたか……」
「派手にやったな。テレビでも流れとった」
祖父の顔は硬い。
だが、怒鳴り声は飛んでこなかった。
「母ちゃんの装束、使ってもいいか」
拓真は真正面から聞いた。
「……神楽は、見せ物じゃなか。舞う者が心を込めて、神に向き合わにゃならん」
「俺は、ちゃんと向き合ってる。
ダンスも、舞も。俺の中では、どっちも本物やけん」
祖父の箸が止まる。
「母ちゃんが、昔言っとった。
“伝統は変わっていく。それでも、心さえ受け継がれていれば、それは守られてる”って」
拓真は続ける。
「レオと出会って、ようやく意味が分かった。
俺は、変わっていく神楽を、ちゃんと伝えたい。だから舞う。母ちゃんの装束で、全国に」
静寂。
祖父は目を閉じたまま、黙っていた。
やがて――ふっと、溜息のような声が漏れる。
「母ちゃんは、立派な舞手じゃった。
その血を、おまえが継いどるんなら……もう何も言うまい」
「……じいちゃん」
「ただ一つだけ言う。舞台に立つなら――迷うな。
お前の“舞”を、誰よりも信じろ」
その言葉に、拓真の胸が熱くなった。
頷くことすら忘れ、ただ目頭がじわりと熱を帯びていく。
*
翌日、練習場の廃校体育館。
拓真は、白装束を羽織っていた。
母と同じように、腰には紐を巻き、足には白足袋を履く。
「……うおぉ」
レオが驚いた声を上げる。
「ヤバい。マジで鬼降ろしに来てるじゃん。てか、神降ろしか」
「神楽って本来、神を迎え入れる舞やけん」
拓真は軽くステップを踏み、構えをとる。
その姿は、どこか神聖で、でも力強く、彼自身が“継ぎ手”であることを体現していた。
「母ちゃんの魂も、一緒に舞わせる。
次の全国大会は……絶対に勝つ」
「おう!」
ふたりの拳が、また重なる。
その日、夕暮れの中で響いた神楽太鼓とビートは、
まるで“過去と未来”が手を取り合う音のように、廃校の壁を震わせた。