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第7話『過去と未来』

全国大会出場が決まった週末。

拓真は、古びた蔵の戸を開けた。

軋む音とともに、懐かしい埃の匂いが鼻をかすめる。


薄暗い中、棚の奥にそっと置かれた桐箱。

蓋を開けると、白い布が静かに折り畳まれていた。


母が最後に舞った白装束――。


彼女は神楽舞の名手だった。

けれど、病に倒れ、拓真が小学生の頃に亡くなった。


「……母ちゃん」


指先で布をそっとなぞる。

その手が小刻みに震えるのを、止めることはできなかった。



その夜、食卓は静かだった。

祖父の圭一は、茶碗を片付けながらぽつりとつぶやいた。


「……今日、神楽保存会の会長に言われた。

 『あの子、YouTubeで踊っとるらしかな』ってな」


拓真は手を止める。


「バレてたか……」


「派手にやったな。テレビでも流れとった」


祖父の顔は硬い。

だが、怒鳴り声は飛んでこなかった。


「母ちゃんの装束、使ってもいいか」


拓真は真正面から聞いた。


「……神楽は、見せ物じゃなか。舞う者が心を込めて、神に向き合わにゃならん」


「俺は、ちゃんと向き合ってる。

 ダンスも、舞も。俺の中では、どっちも本物やけん」


祖父の箸が止まる。


「母ちゃんが、昔言っとった。

 “伝統は変わっていく。それでも、心さえ受け継がれていれば、それは守られてる”って」


拓真は続ける。


「レオと出会って、ようやく意味が分かった。

 俺は、変わっていく神楽を、ちゃんと伝えたい。だから舞う。母ちゃんの装束で、全国に」


静寂。

祖父は目を閉じたまま、黙っていた。


やがて――ふっと、溜息のような声が漏れる。


「母ちゃんは、立派な舞手じゃった。

 その血を、おまえが継いどるんなら……もう何も言うまい」


「……じいちゃん」


「ただ一つだけ言う。舞台に立つなら――迷うな。

 お前の“舞”を、誰よりも信じろ」


その言葉に、拓真の胸が熱くなった。

頷くことすら忘れ、ただ目頭がじわりと熱を帯びていく。



翌日、練習場の廃校体育館。

拓真は、白装束を羽織っていた。

母と同じように、腰には紐を巻き、足には白足袋を履く。


「……うおぉ」


レオが驚いた声を上げる。


「ヤバい。マジで鬼降ろしに来てるじゃん。てか、神降ろしか」


「神楽って本来、神を迎え入れる舞やけん」


拓真は軽くステップを踏み、構えをとる。

その姿は、どこか神聖で、でも力強く、彼自身が“継ぎ手”であることを体現していた。


「母ちゃんの魂も、一緒に舞わせる。

 次の全国大会は……絶対に勝つ」


「おう!」


ふたりの拳が、また重なる。


その日、夕暮れの中で響いた神楽太鼓とビートは、

まるで“過去と未来”が手を取り合う音のように、廃校の壁を震わせた。

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