第6話『地方予選、突破せよ』
ダンス甲子園・九州ブロック地方予選会場――福岡のとある市民ホール。
「緊張してる?」
レオがステージ袖で声をかけると、拓真は無言で小さく頷いた。
その額にはうっすらと汗。手には神楽面――鬼の面が握られている。
「緊張していい。だけど……踊ったら、全部吹き飛ぶよ。なにせ、俺たち“神の舞”だからな」
レオの笑顔に、拓真もつられて口元をほぐした。
「言うようになったな、お前」
今日、ふたりが出場するのは、ダンス甲子園・九州予選のアマチュア部門。
全30チームが参加し、上位3組が全国大会への切符を手にする。
ふたりは「神舞-Breakers」として、背中に“破”の字が描かれた特注の法被を羽織っていた。
足元は地下足袋。音源には神楽太鼓と篠笛、そこにレオがビートを乗せて編集したもの。
ステージ上では、次々と実力派ダンサーたちが持ち味をぶつけ合っていた。
その中には、福岡でも名の知れたチーム「Crimson Edge」の姿もあった。
「なあ、君ら何部門で出るん? コスプレ部門?」
「それとも“郷土芸能かるたダンス”?」
控室で話しかけてきた彼らのリーダー格、細身の青年は皮肉な笑いを浮かべた。
レオは軽く肩をすくめる。
「違うよ。神楽部門」
「は?」
「……なーんて。まあ、見ててよ。終わったら、君たちも鬼になるかもね」
レオはそう言って、ウィンクを飛ばした。
拓真は横で苦笑する。こういう軽口は、彼には言えない。
*
出番が近づく。
二人はステージ袖で深呼吸を繰り返す。
「いくぞ、拓真。……“神、降ろそうぜ”」
「……ああ」
照明が暗転し、場内が静寂に包まれる。
低く響く神楽太鼓の音が空間を切り裂く。
拓真が静かに鬼面をかぶる。
その瞬間、拓真の中にある“何か”がスッと切り替わった。
踏み出す一歩。
古式ゆかしき神楽の型が、レオの仕込んだヒップホップのビートに溶け込む。
回転――波打つような手の振り――力強い蹴り上げ。
それはまるで、伝統がブレイクダンスの“力”を得て、現代に甦ったかのようだった。
観客が、ざわつく。
「……すげえ……なにこれ」
「鬼、舞ってる……!」
神楽独特の間の取り方と、ブレイクのフロア技。
ふたりはその融合を全身で体現していた。
最後の決めポーズ。
拓真は面を外し、観客をまっすぐ見据えて手を広げる。
「伝統は、止まらない――」
舞台袖に戻ってきたふたりは、肩で息をしていた。
だがその顔は、晴れやかだった。
結果発表。
3位、2位……名前が呼ばれない。
静まり返る空気の中、司会の声が響いた。
「第1位――神舞-Breakers!」
会場が沸く。
驚きの声、拍手、そして「Crimson Edge」メンバーの呆然とした顔。
レオが拓真の肩を叩く。
「言っただろ。神、降ろしたら勝てるって」
拓真は小さく笑って、握った拳を突き出した。
レオも拳を合わせる。
それは、単なる勝利ではなかった。
“誰かに伝わった”という確かな手応え。
これまで否定されてきた舞が、今、最前線で光っている。