第3話『伝統を侮るな』
「拓真ァーーッ!!」
怒声が境内に響き渡った。
神社の拝殿の裏で、拓真とレオはいつものように“神楽ブレイク”の練習をしていた。
スピーカーからビートが流れ、拓真は白装束の上にパーカーという奇妙な出で立ちで、型とステップを織り交ぜる。
だが、その瞬間、神楽保存会の当主でもある祖父・若宮真一が姿を現したのだった。
「その恰好はなんだ!音楽は?そんなものは神前で流すものじゃない!」
「じ、じいちゃん……!」
「お前は何をやっている!?神楽を――神を、冒涜しているのかッ!」
レオも驚いて立ち上がるが、真一の怒気に言葉を失っていた。
「違う。冒涜なんかしてない。これは――」
「黙れ!お前の踊りなど、ただの真似事じゃ!」
拓真の反論を切り捨て、真一は手に持っていた木剣でスピーカーを指し示す。
「これは“舞”じゃない。“遊び”だ。
わしらの神楽はな、何百年も前からこの土地を守り、神を鎮めるための祈りじゃ。
その意味も知らんで、ふざけた真似をするな!」
拓真は唇を噛みしめた。
その言葉は重かった。
舞とは何か、伝統とは何か――拓真自身も、答えを出せていなかった。
だが、その沈黙を破ったのはレオだった。
「……俺、ふざけてません」
静かだが、芯のある声。
真一の厳しい視線を真正面から受けながら、レオは言った。
「俺、初めて神楽を見たとき、震えました。カッコよかった。力強くて、キレがあって、まるで魂が乗ってるみたいだった。
だから、それをもっと多くの人に見てもらいたくて……音楽に乗せたら、もっと伝わるんじゃないかって思ったんです」
真一は黙っていた。
レオは一歩、前に出た。
「俺は東京で育って、伝統なんて正直、全然知らなかった。でも、知らないままで終わるのがイヤだったんです。
だから、こうしてここに来て、拓真と舞ってます。
バカにするためじゃない。“伝統が、こんなにもかっこいい”ってことを証明したいんです!」
拓真の目が大きく開かれた。
その言葉は、自分がずっと胸の奥で形にできなかった思い、そのままだった。
真一はしばし沈黙の後、静かに吐き出すように言った。
「……神楽は、見た目の派手さで舞うものではない。意味がある。魂がある。
お前たちに、それを扱う覚悟があるか?」
「……ある」
拓真が口を開いた。
視線はまっすぐ、祖父の目を捉えていた。
「神を軽んじるつもりはない。でも……このままじゃ、誰も神楽を見なくなる。
誰にも届かなくなるなら、それは“死ぬ”ってことだろ?
だから俺、やる。この舞を、時代に合わせて、伝えていきたい。絶対に、バカにさせたりしない」
しんとした境内に、蝉の声だけが響いた。
真一はゆっくりと目を閉じ、背を向けて歩き出した。
「好きにせい。ただし、舞うなら……“心して舞え”。
神に通ずるというのは、そういうことじゃ」
その背中に、拓真とレオは深く頭を下げた。
*
その夜、拓真は久しぶりに祖母の遺した白装束を取り出した。
その袖を撫でながら、ふと呟いた。
「俺……ようやく、舞いたい理由ができた気がする」
スマホには、レオからのメッセージ。
明日、場所見つけた。廃校の体育館。
本気でやろうぜ、俺たちの“神舞”!