第8話 お泊り
結局、カラオケルームで一曲も歌わず二人は店を後にする。
「今晩、私の家に泊まりませんか?」
「いやいや、急に泊まりなんて……あんたの家族にご迷惑でしょ」
「それでしたらご安心を。両親は仕事で海外に出張していますので」
瞳はキラキラした目で私を家に誘うと、断り辛い状況だ。
「それならいいけど、泊まるなら家に連絡しないといけないから少し待ってなさい」
仕方なく私はスマホで母親に連絡を入れると、細かい経緯は省いて学校の先輩の家に泊まることを伝えた。
とくに反対されることもなくОKをもらえると、今日は瞳の家で一晩過ごすことになった。
「じゃあ、お言葉に甘えて今晩よろしくね」
「はい! お任せください」
瞳は嬉しそうな表情を浮かべて胸に手を当てると、前世で少年のように張り切っていたルシスの面影が垣間見えた。
(相変わらず、こういうところは子供っぽいなぁ)
あの濃厚なキスをした時とは別人の顔を覗かせる瞳に、私は思わず可笑しくなって笑みがこぼれてしまう。
「ほら、お嬢様なんだからそんな姿を誰かに見られたら大変よ」
「私は別に気にしませんよ。それに私達は恋人同士なんですから、一緒に手を繋いで参りましょう」
率先して瞳は私の手を繋ぐと、周りの目を気にする様子もなく並んで歩き始める。
学校の人間に見られでもしたら、次の登校日には一躍話題になるのは間違いない。
「家はここから近いの?」
「ええ、十分ぐらい歩いたところになりますよ」
意外と近いんだなと思って瞳の案内に連れられて歩いていると、高層マンションの前までやって来た。
どうやら、最上階の部屋で現在は一人暮らしをしているようで、自由気ままな生活を送っているようだ。
エレベーターを乗り継いで、最上階の最奥にある部屋の扉を開けると、瞳は私を部屋に招き入れる。
「さあ、どうぞ。少々散らかっていますが、後で掃除を致しますね」
玄関を潜り抜けると、開放感に溢れたキッチンと外の景色を一望できる立派なベランダが目に入った。
瞳の性格がそのまま反映されているのか、本人は散らかっていると言っていたが、実際は清掃が行き届いている。
「なかなか良い暮らしをしているわねぇ。家具や調度品も立派だし、さすがお嬢様ね」
「お望みでしたら、姫様に空室のお部屋を提供させて頂きます」
「別にそんなつもりで言ったんじゃないわよ」
私は部屋を見渡しながら、かつて姫だった頃もこんな感じの空間に住んでいたんだと思い返してしまう。
日も暮れて外はだんだん暗くなり始めると、最上階から見える夜景は一段と綺麗に映るそうだ。
「こちらは寝室になりますので、今日はこのベッドをご使用ください」
「そんな悪いわよ。私はそこのソファーで寝るから」
「いけません! 姫様にソファーで寝かせるような真似は……」
「じゃあ、一緒に寝ようよ。それなら問題ないわね」
「私が姫様と同じベッドにですか?」
「抱き枕代わりになるだろうし、それとも私と一緒は嫌かな?」
部屋の主人を差し置いて、さすがにベッドを占領するのは気が進まない。
私はソファーでも一向に構わないが、それを許してくれる雰囲気ではなかったので、瞳が納得する答えを提案して見せた。
「ふふん、恋人同士でも一緒のベッドは気が進まないのかな?」
「そんなことは……ありません! 姫様と同じベッドで一夜を過ごせると思うと、胸の高鳴りが激しくなって抑えることができません」
「また大袈裟だなぁ。一緒のベッドで寝るだけなのに」
やれやれと思いながら私は寝室の扉を閉じると、瞳は気が動転してよからぬ想像を膨らませているようだ。