第6話 お互いのために
「ごめんごめん、ちょっとやり過ぎちゃったね」
「うう、姫様ひどいですよ」
「でも、少しは免疫付いたかな? もう一回試してみてもいいんだけど」
「そ……それはもうご勘弁を」
瞳は半べそをかきながら身を縮めてしまうと、相当堪えたようだ。
私は瞳の隣に座り、彼女の背中を優しく摩る。
「こんな時間をずっと過ごせたらいいんだけどね……今日はこうして出会えただけでも楽しかったわ」
「姫様、何を仰っているのですか? まるで、あの時の今生の別れみたいな台詞を……」
何かを察した瞳は狼狽えるような素振りで私を見つめる。
そして、私はお構いなしに言葉を続ける。
「もう私は一国の姫でもなければ、ルシスは執事でもないの。今の一般人の私とお嬢様の貴女では釣り合いが取れない。お互い、置かれた立場に見合った人生を送った方が幸せだと思うの」
ひと時の楽しい時間から現実に戻ると、私は俯いたまま内に秘めた言葉を瞳にぶつける。
しかし、瞳はそれに納得できずに反論する。
「そんなのは関係ありません! 境遇が変わろうと、私の姫様に対する忠誠心は揺るぎありません!」
「忠誠心だけで通用するのは前世の話。今はもう執事を雇うだけの経済的余裕はないし、私達の繋がりは断ち切った方がいい。最後にこうして面と向かって会えただけでも楽しかったわ」
本当はこれからも一緒にいたい。
しかし、前世の関係性を保ったままでいられる訳もなく、私達は学校の先輩後輩でしかない。
冷たく突き放すような真似をするが、この子の将来を考えたら、これがベストな選択なんだ。
「嫌です! 私は絶対に認めませんよ」
瞳の悲痛な叫びを無視したまま、私は背を向ける。
(これでいいんだ……)
そう言い聞かせて個室の扉に手を掛けようとした時だった。
私を引き止めるように、瞳が背後から力強く抱き締めたのだ。
「姫様は姫様なんです! お立場が変わろうと、私はずっと貴女に仕えたい」
「そんなのは無理に決まってるでしょ! 学校でそんな調子に来られたら、あんたが今まで築いたクールなお嬢様ポジションが消えてなくなる。それに、私が弱味でも握って強要させてやらせているって思われても仕方ないわ」
お互い、さらけ出して学校生活を続ければ間違いなく周囲の生徒達から奇異な目で見られるのは必至だ。
下手をしたら、私は瞳を信奉する生徒達から非難されるだろう。
「とにかく、色々と都合が悪いのよ。それぐらい、あんたも頭で理解できている筈よ」
「私は分かりたくありません! そんなの嫌です……」
涙を浮かべながら訴える瞳の言い分は理解できる。
私だって本当は嫌だ。
「私は姫様と一緒にいたい。嫌われても、私には姫様しかいないのです」
「もう、分からず屋! どうしてあんたはそこまで……」
「それは姫様が……この世で一番、貴女様が好きだからです!」
「えっ?」
突然の告白とも取れる言葉に、私は驚きを隠せないでいる。
(このタイミングで何言ってるのよ……)
顔を赤く染めて無防備になった私に、瞳はさらに声を震わせながら耳元で囁く。
「姫様が好き……」
その言葉に嘘がないのは瞳の温もりを通じて理解できる。
これ以上こちらが突き放しても、瞳は諦めることを決してしないだろう。
「あー、もう! あんたの気持ちは分かったから」
私はこの場から去ることをやめると、瞳と隣り合わせになって座席へ戻った。