第5話 免疫
それに釣られて、瞳も「うう、姫様の意地悪」とバツが悪そうに頭を掻いてしまう。
二人はそのままカラオケ屋に入ると、すぐに個室へ案内されて二人っきりの空間が広がる。
「折角だから、一曲歌ってみる?」
マイクを瞳に差し出すと、本題へ入る前に一曲披露して気分を盛り上げようとする。
「私は歌とか下手ですし……姫様が歌いたいのでしたらどうぞ」
「もう、ノリが悪いわねぇ」
遠慮がちにマイクを突き返す瞳に、私だけ盛り上がるのは申し訳なく思い、私は改めてマイクを置いて瞳と向き合って見せる。
「えっと、それじゃあまずは再会を祝して乾杯といきましょうか」
ドリンクバーのコーナーから二人分の飲み物を事前に持って来ていた私は瞳と乾杯を交わす。
本当は酒でも酌み交わしたかったが、今はお互いに未成年だしこれで我慢するしかない。
「姫様は前世と変わらず活発で元気な姿を拝見できて安心しました」
「それだけが私の取り柄だからねぇ。そういうルシスも、学校では女子生徒達に囲まれてモテモテの羨ましいご身分じゃないの」
「私は別にそんなつもりは……普通に学校生活を過ごしているだけです」
「告白する女子生徒も何人かいたらしいじゃない。お気に入りの子とかどうなのよ?」
「い……いませんよ。というか、女子生徒達に囲まれて毎日が緊張の連続です」
二人は今の学校生活について語り合うと、どうやら私が今まで思い描いていた瞳と実際の瞳は違うようだ。
噂に聞いた話では瞳に告白してきた女子生徒に「ごめんなさい……」と一言添えてクールに立ち去る瞳が何度も目撃されているらしい。
でも、どうやら事実は少々異なっているようで、女の子に告白された瞳の脳内はどのように対処したらいいのか分からず混乱し、とりあえず断ることだけを最優先に簡潔な意思を相手に伝え、クールどころか女性に対して免疫がない男の子のように逃げ出していたのが真実のようだ。
「呆れた。あんたらしいというか、女子に免疫がないところも変わっていなかったとは」
学校の人気者である以上、とっくにそこは克服しているものだと思っていた。
「直そうと努力はしているのですが、なかなか思うようにいきません」
「じゃあ、体育とか着替えはどうしているの?」
「いつも無心で着替えていますよ。でも、他の女の子達の視線が集まって苦労しています」
やれやれ、これは重症だなと私は瞳の心情を察しながら彼女の身の上相談に応じる。
傍から見れば、瞳は背も高く才色兼備のお嬢様という肩書きを持ち合わせて、誰も瞳の前世について知っている者はいないのだから堂々としていればいい。
真面目な性格で損をしているといってもいいだろう。
「しょうがない。粗削りだけど、私が一肌脱いであげるわ」
前世から世話になった執事のためにも、ここはかつての姫が問題の解決に手を貸してあげようと身を乗り出す。
「ひ……姫様?」
「いいから、あんたはじっとしててね」
席を立って瞳の前に立つと、私は両手で彼女を抱くように密着する。
(シャンプーの良い匂いがする)
柔らかい感触とサラサラな髪の毛に触れると、瞳は反射的に慌てながら背後へ身を引こうとする。
「い……いけません! 年頃の姫様が私のような者に抱き付いたりするのは感心しませんよ」
「これも女性の免疫をなくすための訓練の一環よ。それに、ルシスとこうしているのも悪くないわ」
私は一層、強く抱き締めて見せる。
瞳のためと口にしたが、恥じらう瞳の顔を見ていると妙なスイッチが入ってしまう。
「あのドジっ子ルシスがこんな良い女に転生するなんて生意気。女の良さをルシスに分からせてあげるわ」
私は制服の胸元をはだけるように瞳へ見せつけると、荒い息で彼女を誘い出す。
実際、瞳は女の私でもその魅力に吸い込まれそうな感覚に陥り、本当に告白でもしてやろうかと思ってしまう程だ。
「ひゃっ! 姫様、そのような真似は……」
瞳は必死に抵抗しているようだが、もう一押しすれば堕とせそうと判断した私は悪戯心が芽生えて彼女の頬にキスを試みた。
「姫しゃま……」
顔を真っ赤に染めた瞳は力が抜けて、その場にへたり込んでしまう。
(予想通り、可愛い反応を示すわね)
これはすぐにどうにかなるレベルではないなと判断すると、私は瞳を介抱しながら彼女をゆっくりと座席へ座らせる。