第19話 幼馴染
「それじゃあ、元に戻してよ」
「それは構いませんが、彼女に迫られていたのをお忘れですか?」
そうだった。
目の前にいる女神との出会いで驚きの連続だったせいで、南に瞳との経緯をどうやって説明するか忘れていた。
「この際、本当のことを打ち明けてはどうですか?」
「ふざけていると思われてしまうのがオチよ。それに、異世界転生やらの話が通じるのは漫画やゲームだけの話」
打ち明けて信じてもらえるならどんなに楽だろうか。
正直、女神と称する彼女のことも他人に話したところで笑い話にされるのが目に見えている。
「やれやれ、仕方ありませんね。では彼女にキスしてください」
「……は?」
どうしてそうなるんだと私は思わず疑問を口にして女神に訴えかける。
「理由は簡単ですよ。彼女、南さんは貴女のことが好きなんです」
「好きって……南とは幼馴染で一番の友達だし、私も南のことは好きよ」
「それ、彼女が耳にしたら深く悲しみますよ」
何で悲しむのかイマイチ理解に苦しむ私に、女神は深い溜息を付く。
幼馴染の南と過ごす時間は楽しいし、時には些細なことで喧嘩になったりもしたが、根は優しくて良い子だ。
「貴女と南さんの好きには温度差があるのですよ」
「温度差って、一体どういうことよ?」
「ここまで言って気付かないのですか? 意外と鈍い人ですね」
「もう! はっきり答えなさいよ」
私は女神との押し問答に痺れを切らして結論を急ぐ。
すると、女神は呆れたように両手を叩くと、停止していた時間は正常に時を刻み始める。
「お客様、現在当店ではカップル同士でキスをすればカラオケ代の無料キャンペーンを実施しております」
女神は強引に私を押し退けて、南に迫って淡々と商口を展開する。
突然のことで、最初の方は驚いていた南も目の色を変えて女神の言葉に食い付く。
「勿論、無理強いはさせません。お客様同士の同意の上でお願いします」
「そうなのね。キスすれば無料になるんだ」
「ええ、無料ですよ」
南と女神の視線は私に向けられ、まるで狙った獲物を逃がさない獣のようだ。
「女同士でもそれはアリ?」
「勿論でございます。むしろ、百合は大歓迎でございます!」
南は改めて女神に確認をすると、女神は語気を強めてノリノリに答えて見せる。
「雪、しようよ?」
南は身を乗り出して同意を求めて来る。
「ちょっと待って! 私達は幼馴染の友達だし、南の大切なファーストキスが私でいいの?」
「……別にいいよ。それにもう我慢できないし、私の全てを受け取って」
思い止まらせるどころか、それを振り切って南は私を押し倒す勢いで互いの唇にキスをする。
それと同時に体を密着させて、激しく舌が絡み合い、彼女の想いが直に伝わって来る。
「雪……大好き」
告白とも受け取れる南の言葉に私はどのような反応を示していいのか分からない。
私の中で幼馴染の友達としての関係が崩れ落ち、何故だか涙が溢れ出るしかなかった。