第16話 来訪者
子供じみた魔法のおまじない。
いつもの彼女なら、そんな嘘に騙されるかと呆れてしまうところだが、まさかの食いつきに私は驚きを隠せないでいる。
「さあ、私に使ってみてよ?」
グイグイと迫る南に私はどう対処したらいいのだろうか。
適当にそれっぽい魔法を唱えて、この場をやり過ごすか。
それとも、そんな魔法はないと打ち明けて謝るか。
前者を選択しても、南には簡単に見破れて状況が好転するとは思えない。
後者を選択したら、結局は瞳と寝泊まりしたことの経緯が謎のままで、二人の関係性をさらに追及されるかもしれないので、新たな言い訳を考えないといけないだろう。
「また今度ってことにはできないかなぁ……」
「駄目。今すぐじゃないと」
穏便に保留にしてくれればと思ったが、そうはさせまいと却下された。
こうなってしまった南は簡単に引かない。
どんな選択肢を選んでも、私が待ち受けている未来は詰みのような気がしてならない。
「失礼します」
緊迫した雰囲気の中、部屋の扉が何の前触れもなく開く。
物腰の柔らかい女性の声に、私と南は視線をそちらに向けると、カラオケ店の制服に身を包んだ店員のようだ。
「ご注文の品を届けに参りました」
女性店員は私と南の様子には見向きもせず、皿に盛られた軽食をテーブルに並べていく。
(これは助かったかも……)
予期せぬ来訪者のおかげで、この場の空気は確実に変わった。
軽食を注文した覚えはないのだが、南の出鼻を挫くには十分だった。
「小腹も空いていたから、丁度良いタイミングね」
私はテーブルに並べられた軽食を前にして南を席へ着かせる。
すると、南は首を傾げて疑問を投げかける。
「私はこんなの注文していないけど、雪がしたの?」
勿論、私も注文していなかったのだが、おそらく店員が部屋を間違えて品物を提供したのだろう。
店員と間違えた部屋主には悪いが、ここは敢えて私がしたことにして頷いてみせた。
「いいえ、間違えてはいませんよ」
私の心を見透かしたように、女性店員は私の背後に立って静かに答える。
一瞬、背筋が凍るような悪寒が伝わり、私の左肩に手が添えられる。
その手を払い除けたかったが、体が全力でそれを拒否してしまう。
まるで金縛りにあったかのように――。