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「ドアが閉まりまぁす。付近のお客様はご注意くださぁい」

 師走の大阪難波駅、近鉄電車の乗降ホーム。

 僕、涌井吾郎は少し駆け込み気味に奈良行きの列車に乗り込んだ。

 ここから1時間足らずの、近鉄奈良駅までの車中。

 奈良駅から実家までは、歩いてさらに20分くらいかかるけど。


 大学生活4年目もあと数か月で終わりを迎えるこの冬。

 大阪府北部で一人暮らしをしていた僕は、短い冬休みを利用して一時的に奈良市の実家に帰るために難波駅に来ていた。

 僕は就職活動を終えて地元の建設会社に通うことが決まっていた。

 一人暮らしをやめて実家に戻るか、それとも奈良市内で別に部屋を借りて住むか、その相談を家族とすることにしたのだ。

 卒業前に提出しなきゃいけない課題や論文、あと取り残してる単位とかもあって、冬休み中も大学には行かなきゃならないんだけどね。

 実家にいられるのはせいぜい新年明けの3日までと言ったところだろう。

 家族と話して、駅伝見ながら婆ちゃんの作ったおせちを食べたら大阪に戻ることになるだろうな。


「あ、どうぞ」


 車両の中に入り、なんとか空いてる席に座れそうだ、と思ったのだが、どうやら残っていたその一席を他の乗客も狙っていたようだった。

 相手に席を譲って吊り革を掴んだ僕。

 僕が席を譲った相手と目が合う。

 その顔には見覚えがあった。


「うっそ、ごろちゃん? めっちゃ久しぶりやない?」

「にゃ、ニャー子、か……?」


 ニャー子、本名は黒川仁夜子。

 僕と同じ奈良県奈良市出身、実家が近所の、いわゆる幼馴染だ。

 歳は僕より一つ下。

 高校卒業後にどうやら短大に行ったらしい。

 もう卒業して働いているんだろうか。

 中学生くらいまでは結構一緒に遊んだりもしたものだけど、僕が大学生活で奈良を離れたここ数年は特に付き合いを続けているということもなかった。

 久しぶりに会ったニャー子だけど、雰囲気はあまり変わっていないというか、記憶の中にある中高生時代のニャー子とほとんど同じで、歳の割には幼く見える。


「元気そうやね~。大学生やった?」

「まあな。もうすぐ卒業だけど」

「大学とか凄いな~。難しい勉強一杯して、なんや、エリートっぽい会社に入って……」


 そんなにいい大学に通っているわけじゃないぞ。

 大阪のおっきな大学、というものに抱いている奈良県民のイメージはそういうものなのか。


「いやいや、決まったのは普通の会社だから。ニャー子も短大行っただろ。もう卒業した?」

「うん卒業したで~。今は国道の近くに保育園あるやろ? あっこで働いてるねん」

「国道……ああ、回転寿司屋とかあるところか。まあまあ近くていいな」

「ちゅーか、ごろちゃんにこんなとこで会うなんてホンマびっくりやわ。あれちゃう? 年末年始は東京に行って、漫画の本とか売ったり買ったりしてるんとちゃうの?」


 コミケのことを言ってるのか。

 僕はそう言うキャラに見られて……いるんだろうな。


「去年も今年もコミケには行ってないよ」

「そうなんや~。あたし、短大一年の夏に友だちと一回だけ行ってん。ようわからんかったけど、おもろかったわ」

「そ、そか、良かったな。会場が暑くて大変だったろ」

「うんうん、ものすご暑くて、無理~死ぬ~って思ったけどな、好きな漫画の同人誌いっぱい並んでるの見たら元気出た」


 その頃、女性向けで流行ってたのって何だろう。

 松とか刀剣……はその頃まだ始まってないか。

 安定して長く流行り続けているとしたらバレーボールの漫画はもう始まってる頃か?

 スタンド攻撃を出すサッカーのアレかもしれない。


「来年の夏はコミケ行くん? ごろちゃん、絵上手かったし、自分で何か出したり」

「いや、もうコミケは行かないと思う。就職したら、忙しくなるだろうし」


 僕はこの話題が続いてほしくないと思い、わざと冷たく突き放したような言い方をした。

 ニャー子は少し驚いたような顔のあと、少しだけ哀しそうな顔をして、コミケの話を打ち切った。

 列車が奈良に着くまでの間、僕はニャー子の仕事のことを聞いたり、同じ中学の誰々がどうした、こうしたという地元情報を聞いたりして過ごす。

 今日は短大時代の友人が大阪にいるので、その人と会って難波で遊んだ帰りだと言う。

 布施駅を過ぎたあたりで僕もシートに座ることができ、あとはのんびり終着の奈良駅まで。

 僕は隣でニャー子があれこれと話している声をBGMに、少し眠気を覚えてしまった。

 ちょうど列車がトンネルに差し掛かり、そこで一度僕の意識は途切れ。


 車内に急に震動と轟音が鳴り響き、乗客の阿鼻叫喚が満ち溢れ、寝起きの僕は何が何だかわからずに言葉を失って身を固くするしかできなかった。

 ただ、その瞬間、僕は隣に座っていたであろうニャー子の手を固く握りしめていたような気はする。


 まったく意味の分からないことだけれど、僕らの乗っていた近鉄線は生駒のトンネルで何らかの事故に遭った結果、僕とニャー子の二人だけ、何故か謎の島に今こうして飛ばされてしまったのだろう。

 ……どうしてこうなったのか、そのヒントは何一つとして見つけられなかった。

 ただ、列車の中の他の人たちはどうなったのだろうとか、僕たちが戻らないことで僕やニャー子の両親が心配していやしないだろうかということが気になった。


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