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第8話



 レベッカの悲鳴と、突然現れた銀髪の美しい青年の悲鳴が重なった。

 ついさっきまで、テオがはしゃいでいたはずのところに、その青年は立っている。なにも身に着けていない、裸のままで。


 悲鳴を上げて背を向けた青年がなにらブツブツと呟いている。その彼の周りがほのかに瞬いたかと思うと、いつの間に用意したのか、彼は服に着替えていた。

 恥ずかしそうに振り向いた青年が着ているのは、白いローブを基調とした王宮魔法使いの装いだ。魔法使いはローブや装飾によって階級が分けられているが、王宮魔法使いであるベンジャミンは黄色い装飾を付けていたのだけれど、目の前の青年は白――最上位の魔法使いである証の装飾で着飾っている。色が薄ければ薄いほど魔法使いとして優秀であるとはいうけれど、この青年はいったい何者なんだろうか。


「も、申し訳ありません。お恥ずかしいところを見せてしまって……。なんとお詫びをすればいいのか」

「い、き、あ、だ」


 いいえ、気にしてません、あの、誰ですか? と訊くつもりだったのに、突然のことで混乱していて、うまく言葉にならない。

 すぅはぁ――深呼吸をして落ち着かせる。


「あ、あの誰ですか?」


 突然部屋に現れて、変質者だろうか。

 疑うレベッカの視線に気づいたのか、青年はどこか悲しそうな表情を見せる。

 でも、すぐに顔に笑みを戻すと、胸に手を当てて軽く会釈をした。


「僕は、テオドール・マクレイです」

「テオドール、さん?」


 なんだか聞いたことがあるような、ないようなー。

 続いた言葉に思わず耳を疑った。


「一応、大魔法使いを生業としています」



    ◇



 アンリエッタのブローチを盗んだといわれのない罪をかけられてから、レベッカに対する周囲の視線はより露骨になった。歩くだけで、じっとりとした視線とともに「寄生虫」という言葉が聞こえてくる。こちらをちらちらとみては視線を逸らす人もいるけれど、そのほとんどが平民出身の聖女だろう。


 だけどいまはそれらの視線がさらに痛い。

 自分に――というよりは、隣を歩いている腰ほどまである銀髪の青年に向けられる好意の視線が。

 大魔法使いのテオドールと名乗った彼は、その視線にたいして頓着していないようだ。美人であるテオドールにとって、それらの視線は日常のことなのかもしれない。

 それらの視線とともに、自分に向けられる好奇の視線が心を重くする。「寄生虫」という単語もちらほら聞こえてくる。


 美丈夫である魔法使いの隣に、平民出身であり神聖力が雀の涙ほどしかなく、見た目も平凡でなにひとつ取り柄のないレベッカがいるのは異様なんだろう。自分だってそう思うが、彼はこれまで犬の姿をしていたのだ。いや、テオドール曰く犬ではなく、狼なのだそうだけれど。


『一応、大魔法使いを生業としています』


 ついさっきの自己紹介を思い出す。

 魔法使いのなかでも階級があり、みんなから慕われる王宮魔法使いのなかでも、さらに上位となる――【大魔法使い】。

 大魔法使いは、アーニアール王国にも三人しかいなく、その中でも若干十八歳にして【大魔法使い】の称号を得た魔法使いがいるのは、末端の聖女であるレベッカですら知っていることだった。


 その大魔法使いのひとりであるテオドールが、まさかレベッカの部屋になにも身に着けていない状態で現れるとは、想像だにしなかったけれど。

 どうやら大魔法使いであるテオドールは、魔法の使い過ぎで獣化していたらしい。


 そのテオドールが獣化していたのが昨日までお世話していた、「テオ」という名前の銀色の不思議な毛並みの()だった――そうだ。


 まだいまいち状況が理解できていないけれど、テオがまともな()ではないことは、薄々感じていた。だって成長が早かったし。


『ちなみに、犬ではなく狼ですよ。けっこう一途なんです、僕』


 とはついさっきのテオドールの言葉なのだけれど。


「レベッカさん? どうされましたか?」


 周りの視線に俯きながらもいろいろ考えていると、隣を歩いているテオドールが心配そうに顔を覗き込んでくる。その顔面を上手く直視できない。


「あ、すみません、テオドール様。朝から驚きの連続で、まだちょっと混乱していて」

「朝から驚かせてすみませんでした。ほんとうに、あんなはしたない姿を見せてしまて……。あ、でもいつも通りに接してくださいね。僕のことも、気軽にテオとお呼びいただけると、嬉しいです」

「……テオ……様」


 さすがに呼び捨てはハードルが高すぎる。

 テオドールは柔らかく微笑むと、また前を見て歩きだす。

 

 レベッカたちが向かっているのは、神殿の本殿にある、応接間だった。

 あのあと、テオドールはベンジャミンに魔法ですぐ神殿に来るように伝えたらしい。

 これからベンジャミンや神官と会って、話すことがあるそうだ。


(でも、なんで私まで一緒なんだろう)


 テオドールにどうしても一緒についてきてほしいと頼まれたのだけれど、理由を聞いていない。アンリエッタのことがあるし、あまり外には出たくないのだけれど。


 離宮から本殿に繋がる通路を歩いていると、前から使用人を連れた聖女が歩いてきていた。その顔を見て、レベッカは思わず足を止める。


「アンリエッタ様」


 アンリエッタはレベッカに気づくよりも早く、銀色の髪をなびかせるテオドールに視線が釘づけなっていた。


「あなた様は?」

「先を急ぎますので、失礼します」


 テオドールはアンリエッタの問いには答えることなく、ただ笑みを湛えて会釈をすると歩き出した。

 その後をついていくレベッカにやっと気づいたのだろう、水晶のような水色の瞳が細くなる。


「これは、どういうことなのかしら?」


 レベッカはただ俯きながら、テオドールの後をついて行くことしかできなかった。


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