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第2話


 アーニアール王国はマナに溢れた国である。 

 大気中にただようマナを取り込み、魔法を使うものが【魔法使い】と呼ばれる。

 王国は結界に守られていて、その結界を維持するのも魔法使いの役目だ。


 また魔法使いの多くは研究をすることにより、マナの扱えない人間でも扱える、【魔道具(アーティファクト)】の制作をしている。

 暗闇のなか灯る明かりや、遠くにいる人間と会話ができる通信。いざという時に自分の身を護ることができる【魔道具(アーティファクト)】や、火を起こすことができる【魔道具(アーティファクト)】など。各種様々な【魔道具(アーティファクト)】が、アーニアール王国に存在している。


 アーニアール王国の子供は、男子なら騎士ではなく魔法使いに憧れ、女子はその最愛になれる聖女に憧れた。 


 ただ、そんな万能のように思える魔法使いにも、大きな欠点があった。

 それは大気中にあるマナを取り込むことにより起こる、マナ過敏症というものだ。

 マナを使えば使うほど、マナは魔法使いの中に蓄積されるが、その中に人間の体に有害となるものが含まれているらしい。マナを大量に摂取しつづけると、その身体は人間の姿を保つことができず、獣化(・・)してしまうのだ。


 獣化の進行速度は魔法使いによって違うけれど、魔力の消費量が多いほうがより顕著に表れると言われている。

 その獣化を抑えるために、神聖力――聖女により浄化の力が必要だった。


 その為に、アーニアール王国では、国中の少女が幼い頃に神聖力検査を受けることが義務付けられている。



    ◇



「レベッカ、来てちょうだい!」


 レベッカの早朝はいつも慌ただしい。

 なぜなら現在の筆頭聖女――アンリエッタの朝が早いからだ。


 神殿のメイドは、あくまで洗濯や建物の掃除をするだけで、聖女の身の回りの世話をするための専属のメイドはいない。平民であれば身支度などは基本的に自分でできるけれど、貴族令嬢となるとそうはいかなかった。

 だから貴族令嬢の多くは、自分の家からメイドを三人まで連れてくることを許可されていた。


 アンリエッタは現在の筆頭聖女であり、アーニアール王国伯爵家の子女だ。

 聖女になったばかりの頃はぱっとしない神聖力しか持っていなかったが、礼拝で神聖力を磨いたおかげでいまではすっかり筆頭聖女として、現在神殿に所属している聖女の頂点に立っている。


 そんなアンリエッタの朝は筆頭聖女として、一番最初に礼拝をすることが決まっているから、とても早い。


 汲んできた桶の水を、アンリエッタの前に置く。

 顔を洗ったアンリエッタを彼女のメイドがタオルで拭いた。

 メイドが聖女の衣装を着せると、ドレスの様な白装束が彼女の美しさをさらに引き立てていた。軽く化粧を施すと、アンリエッタは立ち上がる。


「みんな、ご苦労様。レベッカも、いつも助かっているわ」


 ギュッとレベッカの手を握り、アンリエッタは部屋から出て行った。

 

 神殿に所属している聖女たちはレベッカのことを「寄生虫」だとか言い嘲笑うけれど、アンリエッタだけは別だった。彼女はレベッカのことをひとりの人間として扱ってくれる。


 神聖力をほとんど失った後、レベッカは聖女としての自分の存在価値が揺らいでいた。

 そんなレベッカに真っ先に手を差し伸べてくれたのがアンリエッタだった。


『あなたに価値がないなんて思わない。神聖力を完全に失ったわけではないのでしょう? 神聖力が回復するまで、わたくしの傍にいるといいわ』

『傍に?』

『ええ。わたくしもお友だちがほしかったの』


 それからレベッカはアンリエッタと友だちになった。聖女の務めが終わると、一緒にお茶をしたり、文字の読み書きを教えてもらったり。

 ただレベッカは五人きょうだいの長女ということもあり、ついつい彼女の世話を焼いてしまうことがあった。アンリエッタはそんなことしなくてもいいのにと言ってくれたけど、せっかくできた友達なのだからと、レベッカは自ら進んでアンリエッタのお世話をするようになった。

 いまでは彼女の身の回りのお世話をするのが、大切な日課となっている。


(今日もアンリエッタの美しさを損なうことなく、送り出せてよかった)


 そんな達成感に浸っていると、その日は驚くことにレベッカに訪問客があった。



    ◇◆◇



 神官の使いの者に呼ばれてレベッカは本殿までやってきた。

 神殿のとある応接間の中に入ると、そこにはひとりの神官と、昨日見知ったばかりの顔が待っていた。

 癖のある亜麻色の髪の、朗らかな笑みを浮かべる男性だ。


「ベンジャミンさん!」

「やあ、レベッカちゃん。昨日ぶりだね」


 ベンジャミンはレベッカを見て微笑む。彼は王宮魔法使いであり、昨日保護した銀色の犬の飼い主でもあるらしい。飼い主ですかと尋ねたとき、少し濁った返事をしていたけれど。


「突然呼びだしてすまないね。実は……あ、テオさま――テオ!」


 話の途中に、二人の間に割って入る犬がいた。

 ふさふさの銀色の毛の、小型犬。


「テオ!」


 呼んで手を広げると、嬉しそうに銀色の犬――テオは、レベッカの胸の中に飛び込んでくる。くぅーんと鳴き声をあげて腕にすり寄ってくると、ふさふさの毛が鼻に触れる。


「くすぐったいよ。……それにしても、テオ。また大きくなった?」


 昨日は腕にすっぽり収まるサイズだったのが、また少し大きくなっている気がする。成長期だろうか。


「ええっと、レベッカちゃん。あの、テオさ――テオのことでお願いがあって、呼んだんだ」

「お願いですか?」

「よかったら、これから数日テオの面倒を見てくれないかい」

「え?」


 ベンジャミンが言うには、数日家を空けることになったらしい。知り合いは予定があるから預けることができないし、テオはあまり人に懐かない犬だそうだ。それなのに初対面のはずのレベッカにはよく懐いていたことを思いだし、白羽の矢が立ったのだ。


「無理なお願いだとは思っているよ。でも、ほんの数日でいいから。テオも、レベッカちゃんに会いたかったみたいだし」


 神官を見ると、頷いている。神殿で面倒を見てもいいということだろう。


「わかりました。お任せください!」


 ありがとうというと、ベンジャミンは意味深げな視線をテオに向けた。


「て、テオも、いい子にしているんだぞ~」


 それを聞いたテオがじーとベンジャミンを見て、不服そうに鼻を鳴らした。 

 

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