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9 油断ならない旦那さま

【2章】



 アリシアの国の参加者も、フェリクスの父王の姿も無い婚礼は、口付けを終えてから間も無く終了した。


 フェリクスのエスコートを受けながら、アリシアは赤い絨毯を歩く。

 聖堂に僅かに残った数十人の参列者たちは、異質なものを見る怯えた視線を向けてきた。けれども隣のフェリクスは、涼しい顔で前だけを見ている。


(本当に、見目麗しい王太子さま)


 その堂々とした立ち姿は、戦場でさぞかし目を引くだろう。

 彼は長身で、よく引き締まった体格をしている。姿勢が美しくて見栄えがするだけでなく、体幹の良さも窺えた。


(剣を交えるまでもなく、相当強いのが分かる。さすがは戦場での功績が、他国にまで知れ渡るだけはあるわね)

「…………」


 聖堂を出て、そのまま回廊を歩いてゆく。奇妙な沈黙の中、アリシアは覚悟を決めた。


(きっとこれからフェリクス殿下は、私の隠し事をすべて暴こうとなさるはず。輿入れの途中で殺されかけた理由や、何故ドレスが血まみれなのか……神秘の国の力と未来視、それから私の目的について)


 あくまで落ち着いた振る舞いでいられるよう、悟られないように深呼吸をする。


(叔父さまを故国の玉座から蹴落とし、お父さまの国を取り戻すため。その暁にお父さまを裏切った国々を国交から排除するためにも、フェリクス殿下の協力は不可欠。私に未来視の力があと二回しか残っていないことは、絶対に誤魔化しきらないと……)


 そうこうしている間に、王城の一角にある建物へとついたようだ。

 居住区となる棟だろうか。そのエントランスは広く、吹き抜け式になっていて、大きなシャンデリアが吊り下げられていた。


「――さて」

(尋問……!)


 アリシアが身構えると、フェリクスはつまらなさそうな顔をしてこちらを見下ろす。

 かと思えば、フェリクスの腕に掴まっていたアリシアの肩に触れ、べりっと引き剥がすかのように押しやられた。


「……汚い」

「え」


 ぱちりとひとつ、瞬きをする。

 フェリクスは冷めたまなざしで、アリシアに対してこう告げた。


「お前は血まみれの上、あちこちが泥で汚れている。ドレスの裾には草までつけて」

「あ! し、失礼いたしました!!」

「いいからさっさと風呂に入れ」


 そう言いながらフェリクスは、白い軍服の上着を脱いだ。アリシアをエスコートした所為で、乾き切っていない血が彼にもついている。


「侍従がメイドたちに、湯の用意をさせているはずだ」

「ありがとうございます。ですが私、着替えがなく……」

「乗ってきた馬車は、どうせ国境の森に乗り捨てられているのだろう? 騎士を向かわせ、お前の嫁入り道具を回収するよう命じておく。ついでにお前を襲ったであろう連中もな」

「……お話が早くて嬉しいです」


 確かに馬車は森の中に置き去りで、アリシアの着替えのドレスはそこにあり、賊は森の中に縛ってきている。本当に、まるで森の中を見てきたかのような口ぶりだ。


「それと、医師の手配は必要ないな?」

「…………」


 フェリクスは、アリシアの左胸を見遣って言った。


「……はい。何処も痛くは、ありませんから」

「ふ」


 言い切ると、フェリクスは面白がるように目を眇める。

 アリシアが普通に歩き回っているのだから、『このドレスを染めるのは返り血だ』と、誰もが判断しそうなものだ。


 けれどもどうやらフェリクスは、これがアリシアの左胸から広がった血であることを分かっていた。

 アリシアがじりじり警戒していると、二階から侍従らしき男性が降りてくる。


「殿下。お湯浴みの支度が整ったそうです」

「ほら、行って来い。お前の着替えが到着するまで時間は掛かるが、裸でうろつくのはやめておけよ」

「う、うろつきません! いくらなんでも!」

「ははっ! お前にとっては裸よりも、血染めのドレスの方がマシらしいな」

「うう……」


 笑われて憤慨するアリシアのことを、侍従は驚いた顔で見ていた。アリシアが首を傾げれば、彼はひとつ咳払いをする。


「失礼いたしました。どうぞこちらへ、アリシア妃殿下」

「ありがとうございます」


 侍従について行こうとして、アリシアはフェリクスを振り返る。エントランスの彼は、再び外に出ていく所だった。


「アリシア妃殿下、申し訳ございません」


 侍従の男性に切り出されて、アリシアは視線をフェリクスから彼へと戻す。


「実は現在、身の回りのお手伝いをさせていただく侍女の手が足りておらず……」


 眼鏡を掛けたその侍従は、何処か生真面目そうな雰囲気だった。

 アリシアが聖堂に入場したとき、フェリクスの傍に居たように見えたが、いつのまにか姿を消していた男性だ。


「本来であれば、妃殿下がいらっしゃる前に用意しておくべきではあったのですが。何分その」

(私はこの城に辿り着く前に、殺されている想定だったということね。死人の世話をする侍女を、事前に揃えておくはずもないわ)


 つまり元々のフェリクスは、アリシアを見捨てるつもりだったのだ。


(だとすれば、最初から未来視の力があることを信じてもらえていた訳ではなさそう。この力を当てにした目的がある結婚なら、さすがに救援要請を裏切ることはしなかったはずだし)


 そうなれば、フェリクスは婚儀で目の前に現れたアリシアを見て、未来視の力を確信したということになる。


(血まみれのドレスを着た、私の姿を見ただけで? 一体どんな洞察力なの……)




このあと11時にも更新します!


本作、異世界恋愛のランキング2位でした!

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