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57 曇天と青空


 シオドアの瞳が、再び揺れた。

 そうして彼はアリシアの前に跪き、胸に手を当てて頭を下げる。


「……この命を、あなたのものに。私の最後の忠誠心は、すべてあなたに捧げます」

「……シオドア」


 故国の伝統に従った、騎士叙勲の儀のための姿勢だ。

 アリシアとシオドアの間に行われるはずだったその儀式を、シオドアが改めてやり直してくれている。その上に、最後にこんな言葉を加えるのだ。


「……妹のような、我が殿下へ」

「…………!」


 アリシアは息を呑んだのち、手にしていた剣の先を天に掲げる。

 雷と雨の降り注ぐ中、その刃を厳かに下へと向けた。刃でシオドアの肩にそうっと触れて、儀式の通りの言葉を告げる。


「『私の騎士に命じるわ。私のために死になさい』」


 そして、それ以上に。


「『その日が来るまでは、私のために生きなさい』」

「――――仰せの通りに。我が君」


 その瞬間、再びの雷鳴が鳴り響く。

 顔を上げたシオドアは、かつてのようにやさしい表情で、アリシアを見て微笑んでいた。


「……やった……」


 心から安堵したアリシアは、思わず喜びを口にする。

 一度零したら止められず、きらきらと瞳を輝かせて、フェリクスの元へと駆け出した。


「やったわ! フェリクス見て、シオドアが……! シオドアが、私の騎士になってくれたわ!」

「はしゃぐな。言葉ではどうとでも言える、裏切らない保証はない」

「それでも、嬉しいの!!」

「!」


 アリシアは思わずフェリクスに抱き付いて、ぎゅうっと腕に力を込めていた。


「フェリクスが、私に力を貸してくれたから……!」

「…………アリシア」


 なんだかとても、泣きそうだ。


「ひとりで戦わなくてはいけないのだと、小さな頃からずっと考えていたわ。だけど違う、そうじゃない、だってあなたが居てくれた!」


 フェリクスがすべてを許してくれたからこそ、ザカリーを兵として動かせた。シオドアとの戦いも、今日この場で立ち回ったことのすべては、フェリクスの助けがあってこそのことだ。


「――ありがとう」


 ずぶ濡れのアリシアは顔を上げて、フェリクスに微笑む。


「私の、幸福(フェリクス)

「…………!」


 その瞬間、いつもあまり表情の動かないフェリクスが、僅かに目を見開いたような気がした。


「……フェリクス?」


 アリシアが首を傾げると、フェリクスがひとつ溜め息をつく。


「気が済んだか? 終わったのならもういいな」

「きゃあ!」


 荷物のように肩へと担がれ、思わず暴れてしまいそうになった。けれどもぐっと堪えたのは、フェリクスなら即座にアリシアを落としそうだったからだ。


「お前はもう馬車で城に戻れ。というより俺も戻る、こんな場所でいつまでも濡れていられるか」

「で、でも、色んな件の後処理があるでしょう!? 土砂とか村とか、他にも色々……!」

「既に父の騎士が動いている。本来は俺ではなく父の管轄だ、指揮系統を無闇に増やしてもろくなことはない」

「でも、シオドアのことだって……!」


 フェリクスはぴたりと立ち止まると、再び大きな溜め息をついた。


「……『隧道崩落の報せを受けて、心を痛めた王太子妃が城を飛び出そうとした』」

「っ、フェリクス……?」

「『王太子妃の故国から来た騎士もそれを知り、事態を案じて王太子妃に同行した。王太子妃と祖国の騎士隊は隧道の崩落を見届け、被害状況を確認。仔細を国王の騎士に共有し、明け方まで続くであろう活動の支援を申し出る』」


 そうしてフェリクスはシオドアを振り返ると、心底面倒臭そうに告げる。


「仔細については、このあと合流する俺の従者に確認しろ。――他の筋書きが必要か? シェルハラードの騎士」

「……いいえ。フェリクス殿下」


 シオドアは頭を下げ、フェリクスに対しても跪く姿勢でこう告げた。


「身に余る信頼を寄せてくださったこと、心より感謝申し上げます」

「信頼を寄せた訳ではない。お前たちに着せる恩が多い方が、こちらの利点になると判断しただけだ」


 アリシアの背に添えられたフェリクスの手に、少しだけ力がこもったような気がする。


「妃に手を貸した見返りが、それなりに期待できそうだからな」

「……フェリクス……」


 その言葉にアリシアは目を丸くし、それから遅れて嬉しくなった。


「……ふふ」

「なんだ」


 再び歩き始めたフェリクスをよそに、担がれたアリシアは身を震わせる。


「ふふっ。ふふふ、ふ……!」

「だから、なんだと言っている」

「なんでもないわ。ねえフェリクス!」


 雨足も、先ほどより弱くなっている。この分であればいくらもしないうちに雨が止み、きっと明日は晴天だろう。


「あなた、なかなか良い花嫁をもらったと思わない?」

「……どうだかな。そんなことより、くれぐれもまた風邪を引いたりするなよ」


 フェリクスは、アリシアを抱え直しながらこう言った。


「なにせ明日は、お前の披露目だ」

「……ええ」


 微笑んだアリシアの脳裏に過ぎったのは、フェリクスにこうして抱えられている理由だ。

 ひょっとして、アリシアがこれ以上体力を消耗しないように、馬車へと運んでくれているのだろうか。そんな想像をするとまたおかしくなって、アリシアはやっぱり笑ってしまう。


(そうだとしても相変わらず、やさしくないわ。だけど……)


 きっと明日は快晴だろう。

 そんなことを想像しながら、フェリクスに贈られるティアラと短剣を楽しみに、アリシアは一度だけ山道を振り返る。


「……」


 シオドアの姿はもちろん見えない。

 けれどアリシアは、心に青空が広がったような気持ちのままで、フェリクスにぎゅうっとしがみついたのだった。



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第1部エピローグに続く

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― 新着の感想 ―
[一言] 手に汗握りました。アリシア様、鮮やかです!
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