表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/59

55 覚悟

「な……」


 目の前で起きた土砂崩れに、シオドアと部下たちが絶句する。飛び散る泥の飛沫、地震のような振動に、アリシアも僅かに目を眇めた。


(分かっていたけれど、凄まじい力……!)


 隧道を押し潰しながら崩れた崖は、山の傾斜に従って西側へと崩れ落ちてゆく。土や石は何もかもを飲み込む濁流となって、いくつもの木々を薙ぎ倒していった。


 この状況へ持ち込むために、いくつも手立ては用意していたつもりだ。しかし圧倒的な大自然の強さに、人間なんかが抗えるはずもない。

 実際にこのタイミングで崩落が起きたことは、信じられないほどの幸運だったと言える。


『ザカリー』


 アリシアは今日の日中に、こんなことを告げていた。


『ひとつ、あなたに命じたいことがあるの』

『……?』


 ティーナの刺客だった元傭兵が、アリシアの言葉を随分と素直に聞いてくれたものだと思う。


『今夜、間違いなく強い雨が降るわ。あなたは隧道のある山に向かい、隧道だけではなく、西側に迂回する山道を通ろうとする通行人も止めて』

『……』

『それからもうひとつ、お願いしていいかしら?』


 アリシアが取り出したものに、ザカリーはぎょっとした様子を見せた。


『隧道の周り――特に西側の傾斜付近にある大きな木を、念の為に切り倒しておいてほしいの。数本でいいわ、あなたが危なくない程度にね』

『待て。なんのために、そんなことをする?』

『地面にしっかり根を張る木々は、土砂崩れを堰き止めることがあるわ。なるべくその勢いを殺したくないの』


 そしてアリシアはザカリーの枷を外し、彼を自由にさせたのだ。


(……ありがとう。ザカリー)


 ザカリーがアリシアの命令に従って動いたかどうかは、辺りに転がる数本の倒木を見れば分かる。きっと西側の斜面を見れば、もう何本か倒れていたのだろう。


(この様子なら、迂回路に誰も侵入出来ないようにしてくれていたはず。巻き込まれた人はいない、けれど)


 アリシアとシオドアにとっては、重大な状況が完成しているのだ。


「シオドア」


 崩落した崖を前にして、アリシアは真っ直ぐに騎士へと告げた。


「――あなたの援軍が、村やこの場所に辿り着くための道は、失われたわ」

「……アリシアさま……」


 シオドアがアリシアに向けたまなざしは、知らない少女を目の当たりにしたかのような驚愕を帯びている。


(あなたの中での私はきっと、いつまでも無力で小さな子供のままだった。けれど)


 この隧道の崩落には、シオドアの援軍を封じること以上の意味があったのだ。

 アリシアの中に、フェリクスの言葉が思い起こされる。


『その男を味方に引き入れろ。それが出来ないなら、国への帰路に就かせるな』


 そしてフェリクスは、紛れもない正論をアリシアに命じた。


『――必ず捕らえ、この国の中で殺せ』


 フェリクスに借り受けた剣を握り締め、アリシアはシオドアに対峙する。


(『今』の私を見なさい、シオドア。そして)


 アリシアが一歩踏み出す動きに、シオドアが僅かに遅れた。


(――あなたが守ろうとした『小さなアリシア』が、もう何処にも居ないのだということを、思い知りなさい)


 そのまま彼の懐に飛び込んだアリシアは、銀色の剣を振り翳す。


「く……っ!!」


 剣同士のぶつかる音が、再び高らかに響いた。


「予知されていたと、仰るのですか。私の策も、隧道の崩落も、土砂が援軍を阻むことまで……!」

「これで分かった? 私はこの力を利用して、あの国の玉座を奪還する!」

「……!」


 シオドアの剣に迷いが滲む。しかし、いまだその心は折れていない。

 何よりもアリシアたちの斬り合いを、冷静に見据える視線があるのだ。


(フェリクス)


 夫からのまなざしを感じつつも、アリシアは考える。


(これが、あなたの手に入れた私の価値。あなたの得た妃は、軍の形勢をも逆転し得る力を持つ…………)


 そして、胸の中で半ば祈るように唱えた。


(――どうか、そう騙されて)

「…………」


 未来視が残りたったの二回しか使えない事実を、フェリクスにも見抜かれる訳にはいかない。そのためにアリシアはこの先も、フェリクスを欺き続ける必要があるのだ。


「アリシアさま……」


 アリシアの剣を受け止めたシオドアが、無理矢理に笑みを作って言う。


「あなたは確かに、お強くなられました。ですが、あなたと私では、潜ってきた場数が違います……!」

「…………っ」


 シオドアの挑発は否定出来ない。事実アリシアの心臓は爆ぜそうな脈を打ち、何度も打ち合った手の痺れは、剣を握るのに支障をきたしつつあった。


「見たところあなたのご夫君は、これ以上あなたを助けるおつもりはないご様子。このままなら、確実に、私が勝ちます」

「シオドア……」

「……ほら!」

「!!」


 下から跳ね上げるように剣を弾かれ、アリシアの剣筋が狂う。

 その瞬間に笑ったシオドアが、頭上に剣を振り翳した。その刃が、アリシアの肩口にめがけて振り下ろされる。


(防げない……)


 未来視などしなくても明白な予想に、アリシアは息を呑んだ。


(――腕が、落とされる)

「……ちっ」


 フェリクスが動く気配がする。

 アリシアはその瞬間、誰かに助けられるのを待たず、即座に次の行動を取った。


「な…………っ!?」


 アリシアは身をずらし、シオドアの間合いに飛び込んだ。

 刃の下に曝け出すのは、狙われた腕や肩口ではない。心臓が脈打つ左胸を、わざとシオドアの剣に差し出したのだ。



「――――……っ!!」



 シオドアの剣が、びたりと止まった。シオドアが殺せないことを逆手に取ったアリシアは、自らの剣を握り直して告げる。


「冷酷さと覚悟が足りないのはどちらかしら、シオドア!」

「く……!」


 その瞬間振り払ったアリシアの剣が、シオドアの剣を弾いて遠くに飛ばした。


「隊長!!」


 シオドアに手出しを禁じられていた騎士たちが、一斉に剣を手にしようとする。

 しかし彼らのその動きを、フェリクスが強い視線で制したのが分かった。アリシアは構わずシオドアを組み伏せると、その体に跨って首筋に刃を当てる。


 そして、一切の迷いを含まずに告げた。


「――私はあの国の玉座を奪るわ。シオドア」

「……アリシア、さま……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ