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54/59

54 壊される

(いいえ、勇気づけられている場合ではないわ!)


 地面に座り込んだアリシアは、すぐさまフェリクスに尋ねる。


「あなたがここに来てくれたということは、村は無事ね!?」

「当然だろう。面倒だが馬を走らせて、わざわざ俺が向かってやったんだ」

「村……?」


 フェリクスと剣を交差させたシオドアは、問い掛けの意図に気が付いたようだ。恐らくは先ほど、村を盾にして脅迫されたアリシアが動揺してみせたのも、これで演技だと悟られただろう。


「……まさか」

「あそこに居た騎士どもは、お前の手駒か?」


 フェリクスは目を眇め、シオドアにわざとらしくそう尋ねる。


「俺と戦争をやるつもりなら、まともな『精鋭』を連れて来い」

「それは、失礼……!!」


 盾にした剣を押し上げたシオドアが、フェリクスの剣を捌く。

 彼らの剣同士が擦れ、しゃんっと鈴のように鳴った。シオドアはその瞬間真横に振り切った剣で、フェリクスの体側面を裂こうとする。


「フェリクス!」


 しかしフェリクスは怯まない。自らの剣先がシオドアに跳ね上げられた、その勢いすら利用して、瞬時に剣の向きを変えた。


 フェリクスが取ったのは、防御の動きですらない。


「!!」


 彼の操る剣尖は、シオドアの喉元を真っ直ぐに狙ったのだ。


「く……!」


 反射的に翳されたシオドアの剣が、喉を突こうとした切先への盾となる。火花が散り、凄まじい音が辺りに響くが、フェリクスの顔色は変わらなかった。


(強い!)


 小手先だけで剣を扱うのではない。フェリクスの繰り出す一撃は、そのどれもが重厚で的確なのだ。

 だが、その剣技に見惚れている場合ではない。隧道のある崖から落ちてきた小石が手に当たると同時に、フェリクスから名前を呼ばれた。


「――――アリシア」

「!」


 シオドアと数秒ほど打ち合った彼は、飽きたとでも言わんばかりに攻撃を辞める。剣を構えたシオドアを前に、悠然とした振る舞いで口にする。


「わざわざ見届けに来てやったのに、いつまで俺に押し付けている」

「……っ」


 シオドアに手首を強く握られて、指に力が入らない。けれどもそんなことを言い訳にして、戦うことをやめる訳にはいかなかった。


「手ぬるい児戯に、付き合う暇はないぞ」


 冷たいまなざしが、アリシアに向けられる。


「その程度で、俺の共犯を名乗る気か?」

「…………!」


 フェリクスに思わぬ言葉を告げられて、アリシアは目を丸くした。


(……誓約は、フェリクスの中に残っているわ)


 手の痺れなど悟られないように、ゆっくりと泥水の中から立ち上がる。


(私がこの場で対峙しなくてはならないのは、シオドアだけじゃない)


 フェリクスに窮地を救われるだけの『妃殿下』では、欲しいものなど手に入らないのだ。


「当然、次の手だってあるのでしょう? シオドア」

「……ふ」


 凄まじい光を放つ雷が、すぐ傍まで迫っているのが分かる。雷光の直後に轟く音は、まるで地響きのようだった。


「ふふ、ふ……!」


 浅い呼吸をするシオドアが、肩を震わせながら笑っている。


「本当にご立派になられました、アリシアさま……! ご夫君と連携しての戦い方、仲睦まじくいらっしゃって何よりです!」

「……あなたに話していないことがあるわ。シオドア」


 頃合いが迫っていることを悟り、アリシアは落とした剣を拾い上げた。


「お父さまやお母さまさえも、あなたに秘密にしていたことよ」

「は……?」


 大きくなった雨音に掻き消されて、この距離なら騎士たちには聞こえない。アリシアはその声量を計りながら、シオドアに告げた。


「私には、未来が分かるの」

「……何を……」


 動揺に揺れたシオドアの目が、はっとしたように見開かれる。『神秘の血』にまつわる伝承を、シオドアだって聞いたことがあるはずだ。


「数日前にこの場所で、何が起こるかの未来を見たわ。あなたは援軍を呼んでいて、それが間も無く到着する手筈になっている」

「……」


 本当は決して『見た』のではない。シオドアがそういった戦略を好むのだと、故国にいた頃の情報収集で知っていた。


「そしてその援軍は、この山の西側を通過するわね?」


 そんな光景も、決して未来視で見たものではなかった。


 シオドアの援軍はどうあっても、この山の西にある道を選ぶしかないのだ。軍隊とは大人数が一斉に移動する性質上、細く脆い道をゆっくり進むことは出来ない。

 行軍に時間を掛けることは、兵の体力や兵糧の問題にも繋がってくる。そしてアリシアは、隧道崩落に備えるための知識として、入念に情報を撒き育てた。


(『隧道がもうじき崩れる』という緊急性の高い情報は、なるべく聞いたままを正確に保たれながら、村人や旅人に広まってゆく)


 それがレウリア国の情報を探るシオドアの耳にも入り、部下への指示にも影響しただろう。


「あなたが村を包囲して私を脅迫することも、本当は未来視で分かっていた。だからフェリクスにそれを伝えて、騎士を排除してもらったの」

「……」

(本当は違うわ。私の動きを封じるために効果的な脅迫方法を、私だからこそ分かっていただけ)


 しかし、シオドアだって同様の考えに辿り着く確信があったからこそ、フェリクスに村の危機を伝えたのだ。


(フェリクスは、私がシオドアとの決着を長引かせたことを叱った。……フェリクスの目にはきっと、私が情ゆえに迷ってしまって、なかなか踏ん切りが付かなかったかのように見えたわね)


 隧道の据えられた崖から落ちてくる石が、どんどん大きなものになってくる。


(だけど、ようやくこの時が来たわ。……シオドアと長々斬り結び、時間を稼ぐことが出来てよかった……)


 アリシアの目には先ほどから、顕著な『兆候』が見えていた。


「シオドア」


 そして聞こえる音が大きくなったそのとき、アリシアは微笑んでシオドアに告げる。


「あなたの作ろうとした未来は、私によって壊されるの」

「……まさか」


 雷のそれとは明らかに違う、異質な轟音が辺りに響く。


「――――!!」


 その瞬間、隧道の崖が崩落して、噴出した土砂が斜面へと流れ落ちた。




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