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52 残された贖罪

「……やっぱり」


 アリシアは、小さな声でこう告げた。


「こうしてあなたに会いに来て、よかったわ」

「……?」


 アリシアが真っ直ぐにシオドアを見据えたのが、それほど意外だっただろうか。


「覚悟という言葉で自分を追い詰めて、奮い立たせていることが分かったもの」


 ずっと、奇妙に感じていたのだ。


「あなたの取る戦略は、不必要なまでに残忍すぎる。まるで、そういった汚れ役を負わなければ許されないのだと、自分を責めているみたいに」

「……アリシアさま?」


 アリシアは意を決し、周囲を取り囲む騎士に向けて声を上げた。


「ねえ、あなたたちもそう思うでしょう!? 普段のシオドアはとてもやさしいはず。それなのに戦場では、人が変わったかのように非道な振る舞いをすることがあるのではない?」

「……そ、それは……」


 シオドアの部下たちが動揺を見せた。その反応から、彼らの中にもそんな思いがあることは明白だ。


(平時のシオドアが、部下にとても細やかに目を掛けている事実は、私の耳にも届いていたほどだわ。彼らのシオドアへの忠誠心の高さからも、それは間違いないはず)


 アリシアは、目の前のシオドアを冷静に睨む。


「私を脅す程度であれば、村人を数人攫ってくれば事足りるわ。それなのに人手を割いてまで、村を丸ごと包囲したですって? 国外での振る舞いとは思えない、人員を潤沢に使った戦術ね」


 シオドアの剣を防ぎ続けているアリシアの剣は、力を込め過ぎたことによって小さく震えている。しかし、ここで退く訳にはいかない。


「その上にこんな雨の中、火を放つなんて非効率的な脅迫を口にする……炎を仄めかしたのは、それが最も鮮烈な印象を残すと知っているからでしょう。事実あなたの噂話では、峠の焼き討ちがよく語られているもの」

「……」

「つまりあなたは、『戦略として効率的だから』残忍な振る舞いをしている訳ではない。残忍に振る舞うこと、それこそが目的……」


 交差したシオドアの剣に、僅かな揺らぎが見える。


「そのことが、よく分かったわ」

「……一体何を仰られるのかと思えば、奇妙なことを……」


 雷光と音の間隔が、どんどん短くなっている。雨の勢いも増し、隧道の入り口から漏れ出てくる雨水の量が、小さな川のようになっていた。


「これは私の騎士道です。主君の願った未来のために、最善の道を選んでいるに過ぎません……!」

「いいえ!」


 アリシアが渾身の力を使って押し戻せば、彼は数歩ほど後ろに退いた。

 シオドアが後ろに退がったのは、これが初めてだ。


「頭では、それが間違っていることを理解している」

「……お戯れを」

「あなたは、お父さまとお母さまを救えなかった自分を罰する手段として、そんな手段を選んでいるだけだわ」

「……っ」


 その瞬間、シオドアが一気に間合いへと踏み込んできた。


「罰せられるべきなのは、当然でしょう……!」


 地面のすれすれを滑る剣先が、下から襲い掛かってくる。右腕を狙ってくる一撃に、アリシアは僅かに半身を退いた。


「陛下に襲い来る凶刃。あの城の中で、私がお守りするどころか、無様にも守られる側に回り……!!」


 重心をすかさず後ろに移し、シオドアの懐から逃れる。そのまま演舞のようにぐるりと周り、飛び退くため剣を真横に振り切った遠心力を利用して、シオドアの肩口に叩き込もうとした。


「その所為で、陛下は命を落とされた……」


 シオドアの剣が、アリシアの剣を防ぐために翳される。


「私が弱いから、守れなかった!!」

「――――……」


 剣同士がぶつかる音が、雷轟よりも重く響いた。


(『私が弱いから、守れなかった』)


 シオドアが先ほど口にした言葉が、指先の痺れと共に心を締め付ける。アリシアも、そんな言葉が脳裏に響いて、眠れない夜が幾晩もあった。


『……私ではふたりを守れなくて、ごめんなさい……』


 夢の中の両親は、その懺悔に微笑んでくれはしない。

 それどころか、両親の姿をした幻が、アリシアを恨んで責め続けることもあった。


(お父さまたちがそんなことを言うはずがないと、目覚めなくとも分かるはずなのに)


 そんな日々を、シオドアも過ごしてきたのだろう。


「私に残された贖罪は、おふたりの大切な国民を、あの男の支配から解放すること」


 シオドアの呼吸が上がっていることに、アリシアは初めて気が付いた。

 雨の中、雷光が照らし出すシオドアの影は歪んでいて、ひどく不安定なようにも見える。


「そのためなら、あの男の犬にでも成り下がります。しかしその中で、あなたの命だけは、お守りしなくてはならない」


 アリシアにとってフェリクスとの婚姻は、戦う力を得るためのものだった。

 しかしシオドアにとってのそれは、アリシアの危機という不都合に値するのだ。そのために、妃冠の儀という口実を利用してまで、アリシアの元にやってきた。


「たとえ、その末に」


 切先が、アリシアに真っ直ぐ向けられる。


「他国の領土を焼き、生涯あなたの自由を奪うことに、なろうとも」

「…………」


 本当に、随分と歪んでしまったものだ。


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