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5 花嫁道中


 謁見の間に響き渡ったその声に、大臣たちや騎士たちはざわめいた。

 張本人であるアリシアは、思わぬ命令に目を丸くする。正妃の顔は扇子で隠されて見えなかったが、そこで誰よりもひどく取り乱したのは、ティーナだ。


『アリシアお姉さまを、フェリクス殿下の元へ……!?』


 従姉妹であり妹でもある愛らしい少女の顔は、青褪めている。


『レウリア国の王太子フェリクス殿下は、とても残忍なお方だと聞いています。アリシアお姉さまが、そんなお方の花嫁になるなんて!!』

『ティーナ。おやめなさい』

『いいえ、お母さま!』


 王妃が止めるのも聞かず、ティーナは父王の元に駆け寄った。そして膝下に跪くと、涙を流しながら訴える。


『お願いですお父さま……! アリシアお姉さまは紛れもない、私の家族。大切なお姉さまを、そのように恐ろしいお方の元に送り出したくはありません!』

(ティーナ……)

『同盟のために差し出すのであれば、どうか私、ティーナを』


 ティーナの健気な懇願に、周囲は感嘆の声をあげた。


『姉君を思っての、ティーナさまのお言葉……。なんと慈悲深く、清らかな愛に満ち溢れていらっしゃるお方なのだ』


 けれども娘を前にして、国王は首を横に振る。


『ティーナよ。それはならぬ』

『何故ですか……!? この国の王女をお望みであれば、私で十分なはずです!』

『私の大事な娘を、あの王太子に差し出すつもりはない。それに、かの国はアリシアを名指したのだ』

『そんな……私の大好きな、お姉さまを……?』

『アリシアから王女という身分を剥奪しなかったのも、すべてはこのようなときのためだ』


 そして王はアリシアを睨み、改めて告げたのだ。


『よいなアリシア。お前を殺さずに生かしてやった、その恩を今ここで、ようやく返してもらう日が来たのだ』

『――――かしこまりました。陛下』


 アリシアは目を閉じ、ゆっくりと覚悟を決めた。


(仮にお父さまとお母さまが亡くなっていなかったとしても、王女としての政略結婚は避けられなかったはず。この婚姻によってレウリアとの同盟を結ぶことが出来れば、国民が豊かになる……)


 王女としての責任を果たすと、幼い頃に誓ったのだ。

 目を開き、叔父に向けて真っ直ぐに告げた。


『レウリア国王太子、フェリクス殿下の元に嫁ぎます』




***




 そこからは、あっというまだった。


 アリシアは最低限の荷物しか持ち出すことを許されず、追放同然の乱暴さで国を出立させられることになる。


 義妹のティーナは、アリシアが嫁ぐその日までずっと『お姉さまが可哀想』と泣いていた。


 アリシアは馬車に乗り、そこから何日も掛けてレウリア国に到着する。


 すると国境を越えた辺りの森で、傍についていた侍女から妙な指示をされた。


『アリシアさま。レウリア国に入りましたので、ここで婚礼衣装にお着替えいただきます』


 この侍女は、長らく王妃と義妹のティーナについていた侍女だ。


『……婚礼衣装に着替えるのは、レウリア国の王城についてからでいいのではないかしら』


 アリシアが内心を隠してそう答えるも、侍女はまったく譲らない。


『この馬車は遅れているのですから、王城に到着する頃には婚儀が始まる時間になっています。アリシアさまは移動中に、馬車の中で全ての身支度を終えていただきませんと』

(そもそもどうして馬車が遅れているのか、そんなことを問うまでもなさそうね)


 諦めて、本当に馬車の中で着替えを済ませる。純白の婚礼衣装はとても美しいのだが、裾が重くて動きにくかった。


(恐らくこれは、目印なのだわ)


 アリシアの髪色は、夕焼けの終わりの赤紫色だ。


 明るいところでは目立つのだが、陽が落ちた時間や暗い森だと、遠目には茶色の髪にも見える。


 王女の輿入れということもあり、馬車は三台ほどの行列を成していた。


 他の侍女と間違われないように、たとえ月明かりの中でも目立つ白を纏わせる必要があったということだ。


 アリシアは狭い馬車の中、侍女の助けを借りることなく、美しい純白の衣装に着替えた。


『これでいいかしら?』

『……ええ。とてもお美しいですわよ、アリシアさま』

『ふふ。ありがとう』


 アリシアは笑みを作りながら、侍女に挑むような目を向ける。


『そうやって褒めてくれるのも、ティーナの命令通りなの?』

『――――……』


 動いていた馬車が、ゆっくりと停まった。


『気付いていたわ。ティーナこそがあの国で誰よりも、私を疎んでいたこと』

『…………』

『私を庇うふりをしていたけれど……ティーナは本当に、自分がフェリクスさまの元へ嫁ぎたかったのね。だから』


 侍女が馬車の扉を開け、自分は外に駆け出して逃げる。それと入れ替わるようにして、剣を持った見知らぬ男が馬車に押し入ろうとした。


(だからティーナは、私を殺してしまうことにした)


 アリシアはその瞬間、目の前の男の顔面に、ヒールの踵をめり込ませる。


『が……っ!?』

『ごめんなさい。馬車の中で死んでしまうのは、少し困るの』


 気絶した男を踏み越えて、アリシアは森の中に降り立つ。まだ真昼間のはずなのに、鬱蒼として夕暮れのように真っ暗だ。



(――ここまでは、私の望んだ通り)



 周りを取り囲む賊を見回して、アリシアは微笑む。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もはや水戸黄門パターン化してきた前世思い出した婚約破棄スタートじゃないプロローグのインパクトがいいですね! [気になる点] ティーナはやはり確信犯ぶりっこ逆恨み系でございましたか。裏切者の…
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