49 交わる剣
雨の中ずぶ濡れのシオドアは、アリシア同様に黒いローブを纏っている。
しかし、その下がシェルハラード国の軍服であるという取り繕わなさに、予想の裏付けを見たような気がしてならなかった。
「会いに来てあげたわよ、シオドア!」
「……アリシアさま……」
アリシアを乗せた黒馬が嘶き、前脚を高く掲げる。手綱を手にシオドアを見下ろしたアリシアの周囲を、シオドアの部下たちが取り囲んだ。
「アリシアを逃すな!」
「馬の脚を切って、馬上から引き摺り下ろすんだ!」
「!」
看過出来ないその言葉に、アリシアはあぶみから片足を外す。もう片方のあぶみを踏み台代わりに跳び、襲い掛かろうとしてきた騎士へと剣を振り翳した。
「ぐ……っ!?」
騎士は咄嗟に剣を構えるが、当然強い衝撃だろう。アリシアの手をも痺れさせる剣の音が、山の中へと響き渡った。
(まだ!)
アリシアはすぐさま剣を引くと、その直後に騎士の間合いへと踏み込む。完全に不意をつかれた騎士の顎へと柄を叩き込み、黒馬を振り返った。
「乗せてくれてありがとう、あなたは逃げて!」
言葉が通じるはずなどないが、馬は嘶きながら山道を駆ける。傷付けずに済んだことにほっとする暇もなく、眼前に次の剣が襲ってきた。
「悪女アリシア、ティーナさまの敵め……!」
「――――……」
すぐさま地面に膝をつき、真横に一閃された剣をかわす。一度低くなったその体勢を利用して、立ち上がりざまにぐっと間合いへ踏み込んだ。
「があっ!!」
柄を鳩尾に叩き込む一撃が、騎士に濁った悲鳴を上げさせる。そんなアリシアを見る騎士たちのまなざしが、明らかに変わり始めていた。
「なんなんだ、アリシアのこの剣技は……!」
雨の中でアリシアを包囲する彼らの構えが、牽制から攻撃のそれへと変わる。
「王女が遊びで習うようなものではない、気を抜くな!」
「シオドア隊長をお守りしろ!」
(残念。油断してくれていた方が、好都合なのだけれど……)
余裕の微笑みを崩さないまま、アリシアは内心で忌々しく思う。
(さすがに不利ね。だけど、戦うしかない)
「殺せ! 我らがシェルハラードの未来のため、アリシアを――――……」
言葉がそこで途切れたのは、その騎士が地面に倒れたからだ。
「な……っ」
(……来たわね……!)
どしゃりと音を立てて、水たまりの中に騎士が沈む。仲間を気絶させた人物の姿に、他の騎士たちが呆然とそちらを見据えた。
「シオドア隊長……?」
「……まったく。これだから、急拵えの騎士で編成した部隊は困るな」
部下を斬り付けたシオドアが、血に濡れた剣を一度振る。
そしてシオドアは、そつのない微笑みを張り付けたその顔で、部下たちにやさしくこう告げた。
「どうやらお前たちは、私の命令に背くつもりらしい」
「で、ですが隊長……!」
「私以外がアリシアさまに対峙してはならないと、そう告げておいたはずだよ」
「…………!」
有無を言わさないその迫力に、二十六歳であるシオドアよりも年上のはずの騎士たちが息を呑んだ。
「アリシアさまのお相手は、私の役割だ」
「し……失礼、いたしました……!!」
彼らは気絶した仲間の襟首を掴むと、慌てて引き摺り移動させる。シオドアはそれに興味を示さず、アリシアの方に向き直った。
「お待ちしておりました。アリシアさま」
「あら。歓迎が足りないわね」
剣の切先をシオドアに向けて、アリシアは笑う。
「あなたの誘いに乗ってあげたのだから、もっと嬉しそうにして欲しいわ」
「申し訳ございません。こう見えても、非常に驚いておりまして……」
頭上から迸った雷が、シオドアの姿を鮮明に浮かび上がらせる。
「アリシアさまが、私の罠にお気付きだったとは。それならば、もしや……」
地響きのような雷鳴が、光より遅れて轟いた。シオドアはその目を眇め、挑発めいた問い掛けを向けてくる。
「私が、あなたを殺めにやってきたことも?」
「…………」
アリシアが返した沈黙を、シオドアは肯定に受け取ったのだろうか。
あるいは突きつけている剣尖に、覚悟が込められていることを見透かされたのかもしれない。シオドアはくちびるを微笑みの形にしたまま、その左手で自らの目元を覆った。
「……ああ……」
もう一方の右手が、シオドアの携えた剣の柄を握る。
「大きくなられましたね。アリシアさま……!」
「……っ!」
その直後、がんっ! と重たい手応えを感じた。
アリシアは半ば反射的に、頭上へと剣を翳している。シオドアの剣が振り下ろされ、それを自分が咄嗟に受け止めたのだと、一秒ほど遅れて理解した。
「ですが生憎いまの私は、あなたの騎士ではありません」
「シオドア……!」
交差する剣越しに見据えたシオドアの瞳に、かつては存在しなかった暗い炎が見える。
「――我が望みのために、あなたを頂戴いたします」
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