48 剣
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『シオドアは、私の敵だわ』
シオドアが賓客の間を去ったのち、フェリクスの隣の椅子に腰を下ろしたアリシアは、俯きながらそう告げた。
『――彼はきっと今夜、仕掛けてくる。あの騎士がそう動きたくなるように、私もずっと準備をして来たもの』
『……』
唐突にこんなことを切り出しても、フェリクスにとっては寝耳に水のはずだ。
そう思って説明をしようとしたものの、フェリクスは王太子のための椅子に身を預け、こともなげに言った。
『お前が出入りしているあの村と、隧道か』
『!』
アリシアは驚いて顔を上げ、フェリクスを見る。
灰色をした彼の瞳に、特段の感情は映っていない。
『……気付いていたの?』
『お前はほぼ毎日、これみよがしにあの村へと出向いては、なにかと世話を焼いていた。不自然なほどにな』
『あら、そんな評価をされるのは心外ね? 困っている国民を助けるのは、王太子妃として当然のことなのに』
わざと微笑んでみせたアリシアに、フェリクスはこう返す。
『「王太子妃」を公にせず動きたいのなら、偽名のひとつでも使うべきだったな』
『……』
観念したアリシアは、そっと肩を竦めた。
『――シオドアの目的のために、きっと私は邪魔なのね』
そのことが、先ほどの会話でよく分かったのだ。
『そんな事実に気が付いた割には、泣き明かす素振りも見せないようだが』
『予め覚悟していたわ。だからこそ今日のために、あの村での準備を続けて来たの』
頻繁にあの村を訪れたことも、『隧道に近付かないように』という警告を入念に繰り返したことも、すべてはその一点に繋がってくる。
『この考えが正しければ、シオドアは私を城外に誘き寄せたいはず。なるべく夜の遅い時間、多くの騎士を動かすのは難しい状況下で、尚且つ私が絶対に駆け付けてくる理由によって……』
シオドアは優秀な騎士であり、戦略を立てる才能にも長けている。
彼の得意とする『防衛戦』で重要なのは、狙った場所に敵を誘い、半ば自滅に近い形へと追い込む心理戦だ。
『その条件に当て嵌まるのが、大規模な夜会の最中に発生する、王都の外での災害だわ』
そして、それがアリシアの懇意にしている地域であれば、シオドアにとって尚更都合が良い。
『そもそもティーナからの「贈り物」は、シオドアが唆した結果かもしれないと予想しているの』
『このレウリア国でさほど歓迎されていないお前が、それを自らの足で取りに行かざるを得なくなることを推測してか?』
『そう。たとえば本来は、私が道中で立ち寄った集落を気に入るのを見越して、夜会の晩にその集落を襲わせるのがシオドアの計画だったのではないかしら』
あくまで想像だが、それほど外れていない気もするのだ。
『長い距離の移動があれば、必ず何処かの村で休むもの。そのときに私が村で買い物をするなり、お散歩をするなりして、関係性を作るのを計算していたように思える……シオドアは、小さな頃の私をよく知っているのだし』
『しかしお前は結果として、道中にあった隧道の崩落を推測した。そんなことはまるで予想していなかっただろうな』
『そのお陰で、「作戦のために村が襲われる」なんて出来事は発生しなさそうでよかったわ』
シオドアは手段を選ばない。かつての彼はやさしかったが、今は変わってしまったのだ。
『私は村人に警告を重ねた。きっとシオドアは、「アリシアは、次の雨で隧道が崩落することを確信している」ということを把握しているはずよ』
『――ああ』
フェリクスは喉を鳴らすように笑い、曇り空を映し込んだような色合いの目を眇める。
『今夜、この後に、雨が降る』
『シオドアは何らかの理由をつけて、この夜会には参加しない。シオドアの侍従のふりでもして街に出て、隠している兵を動かすでしょう』
隧道の付近には近付かないようにと、村人には告げてある。人の気配のない山の中は、シオドアが戦線を敷くには好都合のはずだ。
『実際に隧道が崩落しても、しなくても、シオドアにとっては関係ないわ。崩落の情報を使って、私をあの場所に誘い出せればそれでいいのだもの』
『お前を殺すために、か?』
面白そうに笑うフェリクスに、アリシアはむうっと不服を示す。
『お手並み拝見とでも、言いたげな顔ね』
『言っただろう。あの男をお前の物に出来ないのであれば、この国の中で殺せと』
薄暗く笑うフェリクスの表情に、ぞくりとするほどの色気と冷たさが滲む。
『正当防衛の言い訳を、あの騎士が自ら用意したんだ』
『――――……』
この美しい男が放つ殺気に、アリシアは本能的な寒気を感じた。
『どうした。怖気付いたか?』
『……まさか』
アリシアは、静かに息を吐き出して目を閉じる。
『私の母は、私の幸福を願ってくれたわ。何処かの国の王妃となり、子供を産むだけでは幸せではないのだと、シオドアの前で何度も話していた』
『……』
『けれどもシオドアが語ったのは、お母さまの言っていたこととは正反対。フェリクスに愛されて健やかな子供を産む、そんな未来をフェリクスに約束させようとした』
仮にシオドアが母の言葉を忘れたのならば、わざわざ綺麗に真逆のことを願うはずもない。
『私の知るシオドアは、私の父と母の言葉を絶対に忘れなかった。だからこそ、あれは……』
覚えていて、わざとそう口にしてみせたのだ。
恐らくは、シオドアがアリシアの母の願いに背くという明確な目的が、無意識の中に滲み出たものだったのだろう。
『シオドアの目的は、予想が付いたわ。だから私は彼に抗い、どうあってでも止めなくては』
迷いを抱くつもりはない。それがあの国の王女である、アリシアの役割だ。
『私に剣を貸して。フェリクス』
立ち上がり、夫の前に立ったアリシアは、真っ直ぐな祈りを込めて彼に告げる。
『自害のための短剣ではなく、敵と戦うための剣を』
そうして今、夜目の利く黒馬を駆って山を抜け、シオドアの前に辿り着いたのだ。
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〜初めまして、裏切り者の旦那さま〜』
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イラストは藤村ゆかこ先生です!!
藤村先生の美しすぎるアリシアとフェリクス、お楽しみに!!




