表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/59

47 彼女の名は

***



 山の中に降りしきるその雨は、シオドアが纏うローブを冷たく濡らしていた。


 金色をしたシオドアの髪も、濡れて額に張り付いている。

 しかし、もはや雨避けの意味もないフードを被り続けているのは、シェルハラード国の騎士服を覆うためではない。


「隊長、伝令です!」


 同じく外套を纏ったシオドアの部下が、泥水を跳ねさせながら駆け寄ってきた。


「王都の方角より、十三台の馬車が現れました。レウリア国の騎士たちが、報せを受けて駆け付けている模様!」

「ありがとう。その中に、他と造りの違う馬車は?」

「一台、四頭立ての一際大きな馬車が存在します。扉に王室の紋様が描かれていることから、王族専用の馬車ではないかと」

(……やはり、あなたがいらっしゃったのですね)


 分かりきっていたその報せに、シオドアは目を細めた。


(罠だとも、知らずに)


 過日のことだ。

 シェルハラード国の王城で、アリシアの叔父である現王は笑った。


『我が望みを叶える妙案が、他にもあるのだろう? ――シオドア』

『……もちろんです。陛下』


 シオドアはこの王の元で、いくつもの戦いを経験してきたのだ。

 信頼を得るために、長い年数を費やしてきた。だからこそ、澱みなく答える。


『かの国で行われる妃冠の儀。アリシアさまのために行われる儀式に、陛下の名代として私が参列いたしましょう。そして、その訪問を利用して……』


 シオドアは薄暗い笑みを浮かべ、主君に告げた。


『――アリシアさまを、殺害できます』

『……なに?』


 向けられたのは、意味が分からないとでも言いたげな表情だ。


『あれは、レウリア国との同盟を結ぶべく嫁がせたのだ。こんなにも早く殺してどうする?』

『ただ殺めるのではありません。あくまで事故や、かの国の賊の仕業に見せかけて命を奪うのです』

『……ほう』


 シオドアの言わんとすることを理解してか、王は僅かに笑みを浮かべる。


『なるほどな。そうすれば「折角くれてやった王女を死なせた」として、レウリアと対立する正当な理由が得られると?』

『すべての周辺国を味方に付けることが出来れば、レウリアなど恐るるに足らず。何よりも陛下のお傍には、このシオドアがおります』


 シオドアは玉座に向かって膝を突き、頭を下げた。


『万が一失敗した暁には、私めの独断による凶行とお切り捨てください』


 そしてシオドアは今日のために、いくつもの情報を集めてきたのだ。


(レウリアの内情を探りながら、幾多の策を講じてきた。……だが、ここで『隧道』についての噂を得ることが出来たのは、僥倖だったと言えるな)


 それは、シェルハラード国とレウリア国を繋ぐ道の途中にある、とある区画のことである。


(ひとりの女性が、この隧道が崩落間近だという話を方々に広めた。彼女は周囲の村に危険を知らせ、絶対に近付かないようにとの警告を周知したという)


 シオドアの耳に入ってきたのは、こんな情報だ。


(その上、隧道が使えない期間の損害を埋めるための知恵まで授けたと……。その際に使用した果物は、我が国の王女ティーナさまが、姉君に贈ったものとまったく同じ。村民には身分を隠しているようだが……)


 シオドアは真っ暗な雨の中、一歩ずつ歩を進めてゆく。



(――その名は、アリシア)



 脳裏に浮かぶのは、このレウリア国の王太子妃となった彼女のことだ。


「シオドア隊長。『敵』は今回も、隊長の想定なさった時間に現れましたね」

「……ああ。そうだね」

「いつも通りのご慧眼、感服いたします! レウリア国の騎士も、村人を装った我々の話をまんまと信じ込み、王都へと応援要請に向かいましたし……」

「はは」


 部下に曖昧な微笑みを返しながら、シオドアはゆっくり歩き続けた。


(この辺りを警備する騎士は、王都への伝令を除いて全員捕らえた。――当然だ、隧道の崩落から命からがら逃げてきた民のふりをされては、志の高い騎士ほど惑わされる)


 シオドアはこの動きを取るために、妃冠の儀の前夜祭が行われているレウリア王城を、秘密裏に抜け出したのだ。


(アリシアさま)


 幼い頃、常に傍にいた少女の姿を思い出して、シオドアは雨の中で息を吐いた。


(あなたは先王ご夫妻が亡き後も、城を抜け出しては民のために尽力なさっていた。――気に掛けていた隧道が崩落、村人に被害ありとの報せを受けて、あなたが王城に留まっているはずもない)


 そして間違いなく、こんな雨の夜に遣わされる騎士などは、限られてくるものだ。


「この雨天で馬車が到着するまでは、まだ少し時間があるはずだ――しかし総員、戦闘の準備を怠らないように」


 雨避けの外套はいつでも脱げるよう、胸前の留め具を開けた。

 山中に陣形を広げて待機させた部下たちのことを、シオドアは振り返る。


「我が国の平和の、礎のために……」


 この辺りは、ろくに木こりの手も入っていないのだろう。あちこちに倒木が転がっており、足場が悪いことこの上なかった。

 しかし、シオドアが背にした隧道の穴倉は、決して崩落などしていない。


 まるで巨大な化け物が、獲物を待ち構えているかのように、その絶壁で大きく口を開けていた。



「――アリシアをここで、殺してしまおう」

「はっ、シオドア隊長!!」



 部下たちのそんな返事に微笑んで、シオドアは頷く。


「とはいえ、彼女を手に掛けるのは私の役目だ。いいね?」

「承知しております。我々はアリシアの護衛と戦闘し、隊長の援護を!」

「山中に散らばった別働隊が、アリシアの馬車の通過を待ってから、後続の馬車と騎士どもを排除します」

「ああ、その後も普段通りに頼んだよ。僅かな護衛さえ剥がしてしまえば、この国で他にアリシアの剣となる味方は居ない」


 シオドアはそんな指示を出しながら、内心で僅かに気になっていることを思い浮かべる。


(……懸念があるとすれば、王太子フェリクスのあの振る舞い。まるで本当に、アリシアさまへの心があるかのような物言いだったが……)


 そんなことを考えた、直後だった。


「……この音」


 雨に紛れて、水を散らすような足音が聞こえてくる。シオドアから遅れてすぐに、部下たちも異変に気が付いたようだ。


「蹄の音……! 馬鹿な、もう馬車がここまで来たのか!?」

「違う」

「っ、隊長?」


 普段よりも強いシオドアの語気に、部下がかすかな戸惑いを見せる。シオドアはそんなことには構わずに、山道の奥を凝視していた。


(まさか……)


 迫って来ていたのは、馬車などではない。


「お、おい、あれ!」

「なんだ!? 見張りや伝令は一体何をしていた!!」

(……あれは、漆黒の軍馬……)


 彼女が乗っているのは、山の中に溶け込む色合いの馬だった。

 それからシオドアたち同様に、黒のローブを纏っている。夜の雨の中、数多くの馬車に紛れられてしまえば、偵察とて見落としてもおかしくはない。


 けれどもこの場所に飛び込んできた女性の、大きく靡く朝焼け色の髪だけは、松明の僅かな灯りにすら鮮やかに輝いていた。


「……っ」


 思わず息を呑んだシオドアの目前で、彼女が手綱を引き絞る。


「――さあ」


 高く嘶き、両前脚を大きく掲げるようにのけぞった黒馬の上から、迷いのないまなざしが向けられる。



「会いに来てあげたわよ。シオドア」

「……アリシアさま……」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ヤバい!!面白い!!!ヤバいァアァアアアア!!:(´∩ω∩`):
[一言] アリシアの最後のセリフめちゃくちゃかっこいい…続きが気になりすぎますッ…!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ