46 夫婦の
「……何を」
「だって私は、あなたの花嫁だもの」
アリシアの知る夫婦とは、そういうものなのだ。
「血まみれで現れた私のことを、あなたは拒絶しなかった」
「……ただ、利用できる部分があると踏んだだけだ」
「それでもあなたの妻であることが、私にとってどれほどの力になるか。そのことに、自覚がない訳ではないでしょう?」
アリシアの願う『復讐』には、どうしても権力が必要だ。綺麗事だけでは国を守ることなど出来ないことを、父の亡骸を目にして知っている。
「私が願いを果たすための行動に、力を貸してくれた。あなたにとっては些細な気まぐれなのかもしれないけれど、私にとっては大きな力よ」
「……」
それだけではない。
ひどい熱に浮かされたときも、悪い夢を見た夜も、フェリクスはアリシアを拒まなかったのだ。
「あなたはきっと、『夫婦』のあり方に思うところがあるわよね。けれど」
だからこそアリシアは、フェリクスにちゃんと約束したい。
「……どうか、受け入れて」
指先でフェリクスの頬に触れて、その双眸に宿る光を見詰めながら、アリシアは祈る。
「私はいま、あなたの共犯者になる誓いを立てたの」
「――――……」
いつかアリシアの持つ神秘の力は、フェリクスの望む滅国のために使われることとなるのだろう。
なにせ、アリシアが望むのも国ひとつだ。
それと引き換えに果たすべき義務が、同じく一国の命運を左右するものだという覚悟は、フェリクスの前ですべて結んだ。
「誓約のキスを、交わしてもいいわ」
「…………」
表情を変えないフェリクスに、アリシアはそっと告げてみる。
恐らくは普段通りの皮肉で、そんなものは不要だと切り捨てるのだろう。そんなアリシアの当然の予想は、アリシアの顎を掴んだフェリクスによって、翻された。
「……!」
フェリクスからの口付けに、アリシアは息を呑む。
「ん……っ」
くちびる同士が重なったかと思えば、すぐに角度が変わって深くなった。
驚いて、思わず逃げそうになるものの、フェリクスの左手に頭を押さえられて動けない。そのまま更に深くなるそのキスに、アリシアはぎゅっと目を瞑った。
「ん、う……!」
身が強張ったことを察されてか、口付けが少しだけやさしくなる。けれど、却って呼吸の仕方が分からなくなって、アリシアはフェリクスの上着を握り込んだ。
(……強引なのに、まるで甘えているみたいなキス……)
そんなことを考える余裕すら、心臓の音と苦しさで掻き消えてしまう。アリシアはもう片方の手で、ぱしぱしとフェリクスの肩を叩いた。
するとどうしてか不満そうに、ゆっくりと離される。ほっとしたのも束の間、口付けの終わり際に、もう一度触れるだけのキスをされた。
「ふあ……っ」
こつりと額同士を合わせてきたフェリクスと、視線が間近に重なる。
すっかり息が上がったアリシアは、ほんの少しだけ涙の滲んだ視界の中で、上目遣いに夫を睨んだ。
「……もう、フェリクス……!」
「なんだ」
こんなときも、フェリクスはいつもの無表情だ。
けれども少しだけ満足そうな声音で、何処か開き直ったかのように言うのである。
「キスをしてもいいと、お前が言った」
「〜〜〜〜……っ!!」
いまのは決して、そんなつもりで告げたことではない。
きっと分かっているはずだ。不本意に翻弄されたアリシアは、慌ててフェリクスに反論する。
「ど、どう考えても、誓約のための口付けではなかったわ! だってこんなの、これは……」
「夫婦のキスだろう」
「っ、そうなの……!?」
驚いて目を丸くすれば、じっとフェリクスに見詰められる。
嘘を言っている目ではない気がして、アリシアはこくりと喉を鳴らした。
「ほんとうに?」
「……………………嘘だが」
「もう!!」
そんなやりとりをしながらも、何処かで安堵している自身に気が付く。
(……フェリクスの無表情が、なんだか少し和らいだように見えるから……)
そのことに、心からほっとした。
「私の夫が、あなたでよかった」
「……何故、そう思う」
「だって、嫌じゃないもの。誓いのキスも、結婚をしたことも、共犯者になることも」
フェリクスの膝から降りたアリシアは、振り返って彼を見下ろす。
「私を有効活用してね。フェリクス」
「――――……」
そう告げて微笑みを向けると、フェリクスはほんの僅かに眩しそうな表情で、その目を眇めた。
「アリシア。お前は――……」
けれども彼は口を噤む。誰かの忙しない気配と共に、階段から足音が聞こえてきたからだ。
「フェリクス殿下……!」
息を切らしながら現れたのは、フェリクスの臣下であるヴェルナーだった。
「ご報告いたします。先ほど、郊外警備の騎士隊より報告が……」
ヴェルナーはアリシアを一瞥し、続きを躊躇する素振りを見せる。アリシアが離れようとする前に、フェリクスが許可を出した。
「問題ない。このまま話せ」
「は……」
その言葉を聞いたヴェルナー以上に、アリシアこそが内心で驚く。
(フェリクス。私にも、臣下からの報告を教えてくれようとしているの……?)
咳払いをしたヴェルナーが、フェリクスとアリシアのふたりに告げた。
「――数日前より懸案事項だった隧道が、この雨で土砂崩れと共に崩落。近隣の村民が、大規模な被害に巻き込まれた模様――……」
***
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