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44 温める役割


(フェリクスは、お父君がフェリクスのことを疎ましく思っていると言っていたけれど)


 雨の降る中庭を歩く背中は、振り返ることを拒んでいるかのようだ。


(フェリクスだって、会いたくないみたい。……というよりも)

「…………」


 やがて、フェリクスがはっとしたように立ち止まった。

 アリシアがこれまで見てきた限り、フェリクスがそんな反応をするのは珍しいことだ。彼はアリシアを振り返って、目を眇める。


 それから掴んでいた手を離し、こう口にした。


「……お前は戻れ」

「?」


 今更どうしたのかと首を傾げると、至極当たり前のことを言う。


「雨が降っている」


 そんなのは、分かりきっていたことだ。


 春が終わったばかりの六月上旬とはいえ、この天気で夜は肌寒い。

 アリシアは夜会の正装で肌を晒しているため、殊更に体が冷えてはいた。


「もしかして、心配してくれているの?」

「そう思うなら、お前の思考回路は呑気すぎるな」

「……ふうん?」

「なんだ」


 悪戯を思い付いたアリシアは、フェリクスのマントをぐっと引いた。


 その中にすっぽり入り込めば、立派な雨避けの完成だ。おまけにフェリクスの体温は高く、先ほどまで外に居て冷えていても、アリシアよりずっと暖かい。


「うんしょ、と」

「……」


 もぞもぞと居心地を整え、フェリクスの腕をくぐり、そこからひょこっと顔を覗かせる。

 そんな様子を、フェリクスは何処か驚いたように見下ろしていた。その顔は普段の無表情よりも、ほんの少しだけ幼く見える。


「さ。行きましょ」

「……何処へ」

「あなたが連れ出したんでしょう?」


 アリシアは、フェリクスに向けてにこっと微笑んだ。


「もう寒くないから、フェリクスの好きにさせてあげる」

「…………」


 フェリクスはこれみよがしな溜め息のあと、それでも反論などは述べず、そのまま歩き出す。

 ただし、アリシアを彼のマントで覆い、雨から守ってくれながらだ。


(……ふふっ)


 フェリクスのマントに包まれて、アリシアはいつもより上機嫌に、雨の中庭を歩いたのだった。




***




 フェリクスがアリシアを連れて行ったのは、中庭の先にある時計塔だ。

 その小さな塔は、階数にして五階建てくらいだろうか。中に入り、石で出来た螺旋階段をひたすらに登ってゆく中で、アリシアは僅かに息が上がった。


 呼吸ひとつ乱れていないフェリクスは、見えないところで鍛錬を欠かしていないのだろう。アリシアを待つ様子もないので、ひたすら追い掛けるしかない。


(さっき、マントの中に入れてくれたのとは、大違い……!)


 そんなことを内心で考えていると、急に立ち止まったフェリクスにぶつかった。


「きゃっ!」

「着いた」

「え」


 目の前を遮る広い背中から、そっと向こう側を覗き込む。


「……まあ!」


 目の前に広がるその景色に、アリシアは目を輝かせた。


 時計塔の鐘が吊るされた屋上は、屋根に守られていて濡れることはない。

 そこから見下ろせるのは、無数の雨粒の向こう側に広がる、街明かりの王都だった。


「綺麗……」


 窓からの光が色鮮やかなのは、家々によってカーテンの色が異なるからだろうか。


 たとえランプやランタンの、ほんの小さな輝きであっても、闇の中にある光はよく見えるものだ。

 それが広大な王都の夜景を作り出し、降りしきる雨や水滴の跳ねる水たまりに反射して、幻想的な光景となっていた。


 アリシアはそんな景色に見惚れて、独り言のように呟く。


「雨なのに。……いいえ、雨だからこそ、街のあちこちが輝いて綺麗……」

「そうか?」

「もう!」


 フェリクスは何食わぬ顔をして、隅にある一脚の椅子へと腰を下ろした。彼のよく慣れた振る舞いを見て、アリシアは気が付く。


 この場所は、フェリクスの隠れ家のひとつなのだろう。誰かが特別に長居することも無さそうな所なのに、椅子が置いてあるのもそのためなのだ。


(私に、教えてくれたのかしら)


 屋根のある場所だから、先ほどまでフェリクスが夜会を抜け出していた先では無さそうだ。


(フェリクスは、寝室から私を追い出すこともないわ。……やさしくないけれど、だけど……)


 アリシアはくちびるで微笑んでから、当然のように『そこ』へと座った。


「……おい」

「なあに? ねえ、もう少し寄ってくれないと座りにくいわ」

「お前は知らないのかもしれないが、俺はお前の椅子ではない」

「椅子でなくてもいいのよ? ならそうね、私があなたの防寒具になってあげる。ね」

「お前が俺を防寒具にする、の間違いだろう……」


 はあーっと溜め息の音がした。そうしてフェリクスの腕は、彼に背を向けて座るアリシアのお腹に回されて、ぐっと引き寄せてくれる。


「ふふ。そうやって固定してくれると、座りやすいわね」

「防寒具は喋らない。静かにしていろ」

「喋るのよ、最新の優秀な防寒具だもの。ねえ、所有者さま」

「なんだ。防寒具」


 フェリクスを温める役割のアリシアは、彼の大きな手の上に、自分の手を重ねてみる。


「あなたはお父さまのために、会うのを避けてあげているの?」

「…………」

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― 新着の感想 ―
[一言] 待っていました! 待ちに待っていました! 大好きな物語。更新ありがとうございます! しかし、この2人は‥ 本当に不思議です。最初から、まったく距離がない。 あまりにも、不思議なことが多くて…
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