42 騎士の目的(第6章・完)
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シオドアは、アリシアの味方ではない。
「…………」
それに気が付いたことを顔には出さず、アリシアは優雅に笑ったまま伝えた。
「ありがとう、シオドア。……あなたの気持ちが、すごく嬉しいわ」
心の内側を表には出さず、アリシアは続いてフェリクスも見上げる。
「けれど安心して。フェリクスには、とても可愛がってもらっているの」
「……」
「ね、フェリクス」
アリシアを見下ろす灰の瞳は、雷を纏った曇天の色だ。
「今の言葉で、シオドアが私を本当に心配してくれていたのだと分かったでしょう? 叔父さまたちに何も出来なかったのも、たくさんの思惑があったからよ」
実際のところフェリクスにとって、そんなものはどうでもいいことだろう。
それなのにここで一芝居打ち、アリシアの扱いについて追求してくれた。そのことに心から感謝しつつ、フェリクスに甘えながら告げる。
「だから、そんなにシオドアを怒らないで」
するとフェリクスは、静かに嘆息する。
「……ならば、許そう」
びっくりして瞬きしたアリシアを一瞥もせず、フェリクスがシオドアを見下ろして続ける。
「貴殿の発言や行動は、すべてアリシアの父に対する忠誠ゆえだと承知した」
「……ありがとう存じます。本来であれば一国の王太子殿下に、私などが進言するのは恐れ多く……」
「いいのよ、シオドア。フェリクスもこれで分かってくれたでしょう?」
アリシアはフェリクスの膝に乗ったまま、彼の頬に触れて言った。
「あの国は、私の敵ばかりだった訳じゃないわ。だから五ヶ月後のパレードだって、きっと大丈夫よ」
「アリシア妃殿下。パレードとは、シェルハラード国で行われる……?」
「ええ。私とフェリクスの、婚姻お披露目のパレードよ」
アリシアはくすっと笑いつつ、フェリクスの頬を撫でる。されるがままになってくれていることを意外に思いつつ、いまはシオドアに集中した。
「フェリクスは、パレードをすることに反対しているの」
「…………」
決して嘘はついていない。妻の国で行うこの儀式を、フェリクスは遂行するつもりはなかった。
だが、ここからは多大に嘘を交える。
「私を蔑ろにした国に、わざわざ顔を見せる必要は無いと言ってくれたのよ。その分ふたりで休暇を取って、新婚旅行を提案してくれたわ」
「…………」
(『誰がそんなことを言うか』という顔だけれど。分かっているわ、もう少し付き合って)
心の中で謝罪しつつ、アリシアはシオドアを見遣った。
「けれどシオドアは、パレードをするべきだと思うわよね?」
「――――妃殿下」
これは重ねての確認だ。
(私の予感が、当たっていれば)
内心の緊張が表に出ないよう、アリシアはフェリクスを抱き締めながらシオドアを見つめる。
(私の味方にならないのであれば。シオドアはあの理由から、パレードに反対するはず……)
そんなことを考えた、ちょうどそのときのことだ。
「私も、フェリクス殿下のご意見に賛同いたします」
「――――……」
予感が更に深まって、指先が冷たくなったのを感じる。
「……それは、どうして?」
「残念ながらあの国は、アリシア妃殿下にとって安全とは言いがたい場所ですから。御身に危険が及ぶ可能性は、すべて排除すべきかと」
シオドアはあくまで穏やかな笑みのまま、アリシアへと言い聞かせた。
「あなたは先王陛下と妃殿下の大切な、たったひとりの姫君なのです」
「…………」
アリシアは小さな頃、母に渡す花を摘むために、雨の日でも花畑へ行きたいと我が儘を言った。
シオドアの表情は、あの頃とやはり変わってしまっている。
「ごめんなさい。シオドア」
その瞳がどうしても、笑っていないのだ。
「どうしてもお父さまとお母さまに、私の旦那さまをお見せしたいの」
「……アリシア妃殿下」
アリシアは今度こそフェリクスの膝から降りると、改めてシオドアを見下ろした。
思い出すのは小さな頃、アリシアの母が掛けてくれた言葉だ。
『剣を習ってみましょうか、アリシア』
その言葉を聞いたシオドアは、驚いて目を丸くしていた。
『王妃殿下。アリシアさまは王女さまです、剣なんて……』
『王女であっても、大切なものは自分で守れた方が良いのよ。私はあの人の妃になり、アリシアを産んで幸せだけれど、アリシアにとっての幸せは違うかもしれない』
母があのときそう言ったことを、シオドアも覚えているはずだ。
『妃として夫に愛され、子供を産み、微笑んでいることだけが幸福とは限らないわ。この子には王女という不自由な立場の中でも、少しでも未来を選ばせてあげたい……分かってくれるかしら、シオドア』
『……はい。王妃さまの、仰る通りです』
しかし先ほどのシオドアは、フェリクスに『アリシアの幸福』を懇願した。
(あなたの本音が、よく分かったわ。もちろんまだ断定するには早いけれど、あなたと対峙する覚悟が決まった程度にはね)
アリシアがレウリア国の王太子妃として大人しくしている方が、シオドアにとっては都合が良いのだ。
(婚姻の慣例であるパレードのためですら、帰国させたくない理由……私の予想が正しければ、シオドアが次に打つ手はきっと)
アリシアは平然と振る舞いつつ、にこりと微笑む。
「いけない、私ったら。パレードよりも先に、妃冠の儀を見届けてもらうのが先なのに……明日の儀式のためにも、今日はゆっくりお城で過ごしてもらえると嬉しいわ」
「……は。妃殿下の晴れ姿を拝見できること、心より楽しみにしております」
シオドアが再び深く頭を下げた。そんな姿を前にして、アリシアは目を伏せる。
(フェリクスの言っていた通り。シオドアを味方に引き込めないくらいなら殺さなくては、玉座奪還は失敗する)
灰色の双眸は、アリシアを率直に観察している。
(――この騎士よりも上手を取らなくては、フェリクスの信用すら勝ち取れない)
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第6章・終
第7章へ続く
ここまでで、第6章はお終いです! ここまでお読みいただきありがとうございました。
次回より7章のスタートです。
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