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4 天使のような妹


(おとぎ話の本で読んだ、『魔法』みたいな便利な力が、この世界にも本当にあればよかったのになあ)


 この世界に、鍵がなくとも扉を開けたり、大事なものを完璧に隠せるような不思議な力は存在しない。


 魔法と呼べる力があるとすればただひとつ、アリシアの血に流れる神秘の力だ。


(だけど、この『未来を見る力』をいつ使うかは、もう決めているもの。それを試すのには、とても大きな代償があるし……いまの私に必要なのは、やっぱり自分の努力! 神秘の力には頼らないわ!)


 人々のために役立ちそうなことは、夜を徹して懸命に調べる。そして問題が起こっている場所に足を運び、必死でそれを解決する。

 それを繰り返してゆくうちに、人々のあいだにはこんな噂が立つようになった。


『王室の方々が、今度は東の村を救ってくださったそうだぞ!』


 先王が亡き後、新しく戴冠した王に不満があった国民からも、その頃には明るい声で王室を称えることが増えている。


『聞いたところによると、まだ幼い王女さまが、直々に村を訪れてくださったのだそうだ』

『なんとお優しいのだろうか。ああ――……』


 そして人々はこんな風に、ひとりの少女の名前を称えたのだ。


『我らが王女「ティーナ」さま!」

『――……』


 ティーナという女の子は、血縁上はアリシアの従姉妹にあたる少女だった。


 つまりは国王である叔父と、王妃である叔母の実子だ。ふたりの養子になったアリシアにとって、ティーナは手続き上の妹でもある。


『ごめんなさい、アリシアお姉さま……』


 アリシアから見て一歳年下のティーナは、表情が豊かで可愛らしい女の子だった。

 ティーナは王妃の目を盗んでアリシアの傍にくると、大きな瞳からぽろぽろと涙を零し、泣きじゃくりながらこう言った。


『これまでの奉仕活動でたくさんの功績を残したのも、東の村に行ったのも、すべてアリシアお姉さまなのに。お父さまがそれを全部、私がやったことだと喧伝なさる所為で……』


 ぎゅうっと抱き付いてくるティーナは、ふわふわの髪に天真爛漫な笑顔で、誰からも愛される天使のような女の子だ。


『アリシアお姉さま、私悔しいです。お父さまをお諌めすることが出来ない、そんなちっぽけな自分が……!』

『ティーナ、いいの。あなたもどうか私の所になんか来ないで、あなたの幸せを見付けてほしいわ』

『お姉さま……っ!』


 花束を抱え、陽だまりの中で笑うティーナのことを、王城の誰もが愛していた。だからこそそんなアリシアとティーナを見て、城の騎士や侍従たちも囁き合う。


『ティーナさまは、なんと優しいお方だろうか。慈善活動のために国中を回っているだけでなく、前王の子であるアリシアさまを本物の姉のように敬い、ああして何かと気に掛けていらっしゃる』


 かつてアリシアは、慈悲深い先王夫妻の子供として、多くの国民に助命を嘆願された。


 けれども王室の徹底した情報統制によって、アリシアの名前は少しずつ、王室に相応しくない王女のものとして広まっている。


『だがアリシアさまは、神秘の血を引く朝焼け色の髪を持つぞ』

『未来視の力だっけ? 馬鹿馬鹿しい、そんなもの迷信だ。本当に未来が見える特別な王女が、こんなに落ちぶれるものか』


 これこそが、大多数の国民の意見だった。


『ティーナさまのような姫君にこそ、誰よりも幸せになってほしいものだ。さぞかし立派なご夫君を迎え、愛される妃となるだろう』

『しかし。アリシアさまが嫉妬して、ティーナさまの邪魔などをなさらなければいいが……』


 蔑みの冷たい視線を向けられて、時々かなしくなることもある。

 けれどもこっそり城の外に出れば、アリシアのことを小さな頃から知る人たちが、アリシアに笑い掛けてくれるのだ。


『アリシアさま、こっちにおいで! おいしいパイが焼けたんだよ。頑張っていてもまだまだ子供なんだから、ここでお腹いっぱい食べていきな!』

(……みんながあのとき助けてくれたから、私はこの国の王女として、少しでも成すべきことが出来ている。いずれは必ず、もっと良い国に……そのためにも、『準備』を進めていかないと)




 そうやって時を重ねていって、いつしかアリシアは十八歳になっていた。

 そして継父となる国王は、アリシアに告げたのである。


『我が国シェルハラードはこの度、レウリア国との同盟を結ぶこととなった』


 レウリア国は現在、大陸一番とも言える強大な力を持つ国だ。一方でここシェルハラード国とは、昔から緊張状態にある。


(レウリア国と友好関係を結べるのであれば、この国にとっては利点だらけだわ。国が豊かになれば、国民のみんなが幸せになる……このところ貧困が深刻化している地域もあったけれど、次の冬で飢えることはなくなるかもしれない)


 アリシアにとって、それは心から喜ばしいことだった。


 何よりもこれが実現すれば、かつて叔父と交わした『国内に目を向ける』という約束が果たされるかもしれない。希望は薄いと分かっていても、それを信じるしかなかった。


『おめでとうございます、陛下。これもすべて、陛下の外交手腕あってこその……』

『だが、それには条件があってな。かの国は友好の証として、王太子の花嫁に、この国の王女をご所望だ』


 玉座に座った叔父は、有無を言わさぬ声を放つ。


『お前が嫁ぐのだぞ。アリシア』

『!』

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