36 夫の関心(第5章・完)
「それはもちろん、『お義父さま』に結婚後のご挨拶を済ませて来たのよ」
夜はすっかり更けていて、星空の広がる窓からは梟の鳴き声がする。
公務から遅くに戻ったフェリクスは、階下で食事と湯浴みを済ませ、髪を乾かしてから寝室に上がって来たらしい。
「執務室に入れていただけたのは良かったけれど、陛下はあまりお話しにならなかったのだもの。重苦しい雰囲気のままよりも、勝負しながらの方が場が和むかと思って」
ここはフェリクスの寝室だが、アリシアはフェリクスの帰りを待たず、とっくに寝台へ入っていた。
たくさん並べられた枕のひとつを、今日も勝手に自分のものにしている。
仰向けに寝転がり、ティアラのデザイン画を五枚すべて見終わったところで、フェリクスがこの部屋に帰って来たのだ。
「俺は内心、期待していた」
フェリクスはガウンの上に一枚羽織っていたものを脱ぎ、長椅子の背に放りながら言う。『期待』だなんて珍しい発言だと感じたが、すぐさまその意図を理解した。
「……私が国王陛下のご機嫌を損ねて、大騒ぎになるのを?」
「はっ。分かっているじゃないか」
「いいわ。私が陛下に投獄されたら、フェリクスの名前を呼び続ける即興歌を延々と歌ってあげる」
フェリクスはものすごく嫌そうな顔をする。
ローテーブルに置かれた水差しを取ると、たくさんの果物が漬け込まれた水をグラスに注ぎ、それを飲みながら呟いた。
「あの父がお前に負けるところは、見てみたかったがな」
「……陛下はとても、お強かったけれど……」
アリシアは、ティアラのデザイン画を一枚目から見直しつつ考える。
(陛下にとっての悪手が打たれたのは、『一国に王はふたりもいらない』と仰ったとき。フェリクスについて踏み込んだ話を始めた途端に、強さが揺らいだわ)
筋張った大きな手でグラスを持ったフェリクスが、アリシアを眺めながらまた水を飲む。
喉仏が大きく動く、その様子ですら美しい。
(どれほど冷酷な振る舞いをしても、それすら民心を惹き付ける理由になってしまう魔性。陛下はフェリクスのことを、そう仰った……)
するとフェリクスは、どうでもよさそうに笑った。
「俺のことを、邪魔だと言っていただろう」
「……」
たとえ国王ゲラルトが、そのことをはっきりと口に出していなくとも、フェリクスならば確実に察しているはずだ。
だから、アリシアは隠さずに告げた。
「国王陛下にとってのフェリクスが、この上ない後継者なのだと感じたわ」
「……何?」
「だって。あなたの持つ国王としての素質が、ご自身の王位を脅かすほどの存在であることを、お義父さまは認めていらっしゃるのよ?」
「――――……」
すると、フェリクスがほんの僅かに目を見張ったような気がする。
アリシアは、悪戯をしたときの心境で微笑んで言った。
「あなたの妻の座が『気に入っている』って、そう言い捨ててきちゃった」
「……ふん」
グラスを置いたフェリクスが、ローテーブルのランプを消す。
そうして寝台まで来ると、アリシアが入っている上掛けを捲った。いつも通り上掛けを奪われてしまうかと思いきや、フェリクスは何も言わず隣に入る。
「今日も上掛け、一緒に使わせてくれるの?」
「深夜に気温が下がりそうだからな。薪を焚べるほどではないが、お前で多少は暖を取れる」
「私が寒い方じゃなくて、自分が寒い方への対策ね」
むうっと口を尖らせていると、フェリクスはアリシアが顔の前に掲げていたデザイン画を見遣った。
「どのティアラにするか、決めたのか」
「んんん……」
妃冠の儀で贈られるティアラのデザイン候補は、午後のうちに会わせてもらった意匠画家によって、みるみるうちに生み出されていった。
「どれも素敵だから、決め難くて」
フェリクスの侍従であるヴェルナーが付き添ってくれて、この五枚に絞り込んだものの、なかなかに悩ましいのだ。
「フェリクスは、私にどのデザインを着けさせたい?」
「…………」
尋ねると、フェリクスが目を眇める。
(なあんてね。私がどんな格好をするかなんて、フェリクスにとっては心底どうでも良いはずだわ。私にもティアラにも、そこまでの興味すら無さそうだし)
意見を求めたのは冗談だと、苦笑して取り消そうとしたそのときだった。
「…………見せてみろ」
「え」
フェリクスがこちらに顔を寄せて、お互いの頭がこつんと触れる。
フェリクスはそれで体を引くでもなく、アリシアに頭をくっつけた状態で、デザイン画を黙々と捲り始めた。
「あ、あの、フェリクス?」
「…………」
(すごく細部まで見てくれているわ……!)
やがてフェリクスは一枚を選ぶと、アリシアに示した。
仰向けに寝転がったお互いの頭は、相変わらず触れたままだ。
「……これ?」
無言で肯定されて、アリシアは改めてデザイン画を見詰める。
アリシアが悩んでいた五つの案の中でも、とりわけ気になっていたデザインだ。
「どうしてこれを、選んでくれたの?」
「……」
横顔をじっと見つめると、フェリクスはデザイン画を邪魔そうにこちらへ渡しながら、なんでもないことのように断言した。
「どう見ても、お前に一番よく似合う」
「……!」
思わぬ言葉に目を丸くする。
「……ふうーん?」
少し照れ臭く、その何倍も嬉しい。
アリシアはデザイン画をサイドテーブルに置いたあと、わざと生意気な振る舞いで、フェリクスの顔を覗き込んだ。
「なんだ」
「ふふっ!」
ぽふんと子供みたいに上掛けに潜り、はしゃいだ声でフェリクスに告げる。
「なんでもないわ! おやすみなさい、フェリクス」
「…………」
寝台の横のランプが消されて、寝室が真っ暗になった。
フェリクスはやはり寒いのか、上掛けの中にいるアリシアの上に腕を置き、抱き枕のようにして眠るつもりのようだ。
先ほどの嬉しさに頬を緩ませながら、アリシアは目を瞑る。
その日から妃冠の儀までは、驚くほどあっという間に過ぎて行ったのだった。
そして、儀式の前日がやってくる。
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第5章・完
第6章へ続く
ここまでで、第5章はお終いです! ここまでお読みいただきありがとうございました。
次回より6章です。
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