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34 盤上の強者

***




『フェリクスが国王陛下に遠ざけられているのなら、私だけ会いに行けばいいのだわ!』

『……お前な……』


 つい先刻、フェリクスの執務室でそう結論付けたアリシアは、謁見の申し入れを届けに行く侍従のヴェルナーについて王の元へ向かった。


 どうやらフェリクスの言っていた通り、国王は息子とその花嫁が会いに来るのを断ったらしい。


 それを察したアリシアは、強硬手段に出ることにした。

 あくまで礼儀正しく、それでも少し強引に、不敬罪になる寸前のところを見極めて『ご挨拶だけでも』と一礼したのだ。


(私がすでに王太子妃の立場でなかったら、牢に入れられていてもおかしくないわ。フェリクスは助けに来てくれないに決まっているし、投獄されなくてよかった……けれど)


 この執務室には、火のついていない暖炉がある。

 その傍のローテーブルについたアリシアは、真向かいの男性を見据えた。


(ゲラルト・ヴィム・ローデンヴァルト陛下。若い頃は大陸間にも武勇を轟かせた剣士であり、この大国レウリアの王)


 沈黙して正面に座した国王ゲラルトは、まるで重量のある岩のように隙がない。戦場で王を守る騎士にとっては、どれほど心強いことだろうかと想像した。


(フェリクスは瞳の色以外、お父君に似ているのね)


 涼しげな双眸のはっきりとした二重も、通った鼻筋も、フェリクスとゲラルトはそっくりだ。

 ゲラルトの黒い髪には、多くの白髪が混じっている。しかし、整髪剤によって丁寧に後ろへ撫で付けられているためか、品が良く瀟洒に見えるのだった。


(陛下はただ無言でいらっしゃるだけなのに、すごい緊張感。陛下の従者さんも、壁際で気まずそうになさっているけれど……)


 アリシアは淑女に相応しい微笑みを浮かべ、改めてゲラルトに切り出した。


「重ね重ねありがとうございます、陛下。日々ご多忙でいらっしゃる陛下のお時間を、このように賜われましたことを、心より嬉しく思い……」

「御託は良い」


 淡々と告げられた声の重さも、やはりフェリクスとよく似ている。


「其の方がここに来たのは、あれの差し金か?」

「……」


 この父親は、息子のことを名前で呼ばないのだ。


(まるで、物のような呼び方をなさるのだわ)


 アリシアが思い出したのは、この国に嫁いできた最初の夜のことだ。


 フェリクスは、アリシアが彼の名前を殿下でも旦那さまでもなく『フェリクス』と呼ぶと、それで良いと言うかのように瞑目した。


「……ご提案なのですが、国王陛下」


 アリシアはにっこりと微笑んだまま、暖炉の上を指差す。

 そこに飾られているのは、王侯貴族の嗜みとして遊ばれる遊戯盤と駒だ。地位のある男性の部屋に置かれていることは珍しくもない、そんな代物だった。


「よろしければ。あの遊戯盤で私と勝負など、いかがですか?」

「――なに?」


 ゲラルトが顔を顰めると同時に、壁際の従者が青褪める。


「あ、アリシア妃殿下!? 陛下に向かってそのような、恐れ多いことを……!!」

「……ふん」


 国王は、アリシアの思惑を探るかのように見据えたあと、やがて「いいだろう」と承諾したのだった。




***




 決められたルールに則って駒を動かし、陣取りをしながら相手を追い詰めるこの遊戯は、神話と星座に基づいて作られている。


 夜空の星座が描かれた盤は、四季と同じ四種類が存在しており、この執務室に飾られていたのは冬の夜の遊戯盤だ。

 神々の姿を模した駒を並べると、戦争の終局を表す美しい配置になるのが冬の盤だが、アリシアは冬の配置が少々苦手だった。


 だが、それを顔に出すことはしない。


「先ほどの、フェリクスの差し金かというご質問についてですが……」


 勝負の開始から十分ほどが経ったころ、遊戯盤に並べた駒をひとつ手に取って、アリシアは話を元に戻した。


「そうではありません。フェリクスは私を止めましたが、私がどうしてもご挨拶したいと押し切ったのです」


 実際のところフェリクスは、どうでもよさそうに『好きにしろ』と言っただけだった。


『お前が父の不興を買ったときは呼べ。見学くらいには行ってやる』とも言っていたが、それは聞かなかったことにしている。


「フェリクスから、この国の素晴らしい伝統である妃冠の儀について教わり、わたくしとても楽しみにしておりまして」


 あくまで柔らかく微笑んだまま、アリシアは女神の駒を置く。


「そちらに臨む前に、是非とも陛下にお見知り置きいただきたいと願い……不躾かとは存じますが、こうしてご挨拶へと参りました」

「ふん」


 ゲラルトは即座に獅子の駒を取ると、迷う素振りもなくアリシアの女神の前に置いた。


(荒々しく攻撃的なのに、冷静で知略的な戦法だわ。フェリクスと対戦したことはないけれど、フェリクスも同じような手を差しそう)


 そしてゲラルトは、相当強い。

 アリシアが慎重に蛇の駒を動かすと、すぐさまゲラルトがこちらの陣に踏み込んでくる。アリシアの獅子は蠍の駒に倒されて、奪われてしまった。


 思考を巡らせたアリシアが駒を持ち、大樹の駒を盤に置いたとき、ゲラルトが言う。


「許可をしてやっても構わぬぞ」

「許可とは?」


 分からなくて首を傾げるも、ゲラルトは冷め切った声音のままだ。


「――あれとの婚姻を、解消したいのだろう」

「……」


 放たれた言葉に、アリシアは目を丸くした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] この父にして、 この息子、あり。 毎日、ワクワクが止まりません。
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