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22 敵にしたくない人

「……早馬によるお手紙が届きましたので、お持ちした次第です」

「手紙?」

「はい。アリシアさまの妹君、ティーナさまからおふたりの結婚を祝福なさるもののご様子」

(……いくらなんでも、こんなにすぐに届くとは流石に思っていなかったけれど……!)


 フェリクスがこちらを一瞥するので、アリシアは再び取り繕ってにこっと笑う。侍従はペーパーナイフで封を切ると、その封書をフェリクスに差し出した。


 こういった手紙をアリシアではなく、フェリクスの方に送るのもティーナのやり方だ。誰に自分をどう見せたいかが明白なので、分かりやすいとも言える。


「どうしたの? フェリクス」


 手紙を読み始めたフェリクスが眉根を寄せたので、アリシアは尋ねた。


「きっとティーナの手紙には長々と、婚礼を祝う社交辞令が並んでいるはずだけれど」

「まさしく長々と、婚礼を祝う社交辞令が並べ立てられている。捨てるぞ」

「まだ待って! 間違いなく後半に、あの子にとっての仕上げの内容が……」


 そう言ってフェリクスから取り上げた手紙には、やはりこんな文章が綴られていた。


『ささやかですが、お姉さまへの贈り物をご用意いたしました。このお手紙から五日ほど遅れて国境を越えるはずです。大好きなお姉さまと、私のお義兄さまになって下さったフェリクス殿下に、どうか喜んでいただけますように』

「……ちょうどいいわね」


 アリシアはくちびるに笑みを浮かべ、作戦を立てる。


「贈り物を届けてくれる馬車を出迎えに、私が国境まで行くわ。ザカリーも連れて行って、そこでさり気なく逃がしましょう」


 アリシアがひとりで外出し、故国の国境に近い場所でザカリーの拘束を緩めるのだ。


 ザカリーはアリシアを殺すことを堪え、ティーナの不利益にならないように、ひたすら国境へと走るだろう。そうしてアリシアが植え付けた偽の情報を、あの王城に持ち帰ってくれればいい。


「言っておくが、俺は行かんぞ」

「分かってるわよ。私が失敗して殺されても、あなたにとってはどうでもいいっていうこともね」


 アリシアはくちびるを尖らせつつ、もう一度手紙を確かめた。


「贈り物を持ってくる遣いが、シオドアであれば良いのだけれど……」

「……お前の国の、騎士隊長のひとりか」

「あら。さすがにシオドアの名前は、他国にも知れているの?」


 アリシアは少々意外に思いつつも、故国で重要な位置に立つ男のことを思い浮かべる。


「シオドアを味方に付けられれば、私の勝率は跳ね上がるわ。――反対に、敵に回られると、本当に困る……」



***



 シェルハラード国の王城で、その男は国王の傍に立っていた。


「恐れながら申し上げます、陛下」


 軍服に身を包んだ長身の彼は、主君に頭を下げて淡々と語る。


「アリシアさまが無事に輿入れなさったことで、フェリクス殿下がこの国にお越しになる可能性が出て参りました。つきましては我が国におきましても、早急にお迎えの準備をせねばなりません」


 玉座に座った国王は、それを聞いて忌々しそうに鼻を鳴らした。


「婚礼訪問か。我々を馬鹿にしている無礼者の国が、そのような礼を尽くすとは思えんが」

「この度の同盟が成立したのも、すべて陛下のご手腕によるものです。フェリクス殿下もそれに敬意を表し、花嫁の父君であらせられる陛下にご挨拶にいらっしゃるのでは?」

「は。若造がそのような殊勝な態度を見せるのであれば、少しは見直してやってもよいがな。そのようなことよりも……」


 国王は目を眇めて笑いながら、自身の臣下にこう命じる。


「我が望みを叶える妙案が、他にもあるのだろう? ――シオドア」

「…………」



***




 ティーナからの贈り物が到着する日、フェリクスは宣言通り、それを受け取りに行く道行きに同行することはなかった。


 その日のうちに王城へ戻るには、早朝に発つ必要がある。アリシアが眠い目を擦りながら彼の寝台から出るときも、フェリクスは目を覚ます気配さえない。


 下手をすればアリシアがザカリーに殺される可能性もあるのだが、そんなことは気に留めていないのだろう。


(寝顔も本当に綺麗な人ね。腹立たしいほどに)


 アリシアは少しくちびるを尖らせると、フェリクスの頭まで上掛けを掛けてやる。フェリクスはそんな悪戯を煩わしそうに手で避けて、眉根を寄せつつ身じろいだ。


 カーテンを閉め切った室内は薄暗い。ほんの僅かに差し込む光と共に、しとしとと雨の音が入り込んでいる。


 今日は生憎の雨なのだ。

 雨音とフェリクスの静かな寝息が聞こえる室内は、無音よりも静寂に近い感覚があった。


 アリシアはフェリクスの傍に手を突くと、身を屈め、横髪を耳に掛けながらそっと囁く。


「……『行ってきます』」

「…………」


 もちろん返事はないのだが、アリシアはとても満足した気持ちになった。


「ふふ。……行ってきます、ですって。くすぐったい……」


 父と母が亡くなってから、誰かにこんな挨拶をしたことはない。

 少し不思議な感覚のまま、寝室と続きになっている書斎で着替えようとする。


 すると、眠そうに掠れた声が聞こえてきた。


「……騎士を数人、貸してやる」

「!」


 驚いて寝台を振り返ると、フェリクスは気怠げに寝返りを打ってこう続けるのだ。


「さっさと行け」

「あ、ありがとう……」


 フェリクスがすぐに目を閉じたので、アリシアは急いで着替えるために部屋を移動する。


「――――……」


 フェリクスが身を起こし、アリシアに何も悟らせないまま、その寝室を後にしたことなど気が付ける訳もない。


 こうしてアリシアはザカリーと、護衛となる数人の騎士を伴って出発したのである。



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