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21 約束



 ようやく辿り着いた階段を降りていると、バターとパンの良い香りが漂ってくる。


「あの賊……ザカリーにも食事を用意してあげないと。騎士に頼めるかしら?」

「餌ならお前が出してやればいい。飼うのだろう」

「あれは演技よ、本気でそういう飾りの男が欲しいわけじゃないの! あの男を煽って憎ませれば、何がなんでもティーナのところに情報を持ち帰る意思が強くなるでしょう」


 フェリクスは恐らく、アリシアのそんな意図くらい分かっている。けれども乙女の名誉を守るため、愛人目的ではないことだけは主張しておきたい。


「ザカリーにやさしくする気はないから、食事も別の人に出してもらうべきだわ。……いまの私には、敵が多い方が、都合が良い」


 アリシアの手に巻いた包帯からは、血が滲んでいる。


 先ほどザカリーの前で斬ったのは、未来視の力を使ったと見せ掛けるためだ。

 しかし、『未来を見るにあたっては、誰かに殺されかける必要がある』という条件は、嘘や偽りなどではない。


「……未来視は、誰かに死を願われないと使えない力だもの……」


 それくらい、幼い頃から慣れていた。

 叔父も王妃も、そうしてティーナも、アリシアが死んだ方が都合が良かったのだ。本当に殺されることはなかったとしても、その想いはずっと感じ続けていた。


「――そう心配しなくとも」

「?」


 フェリクスがこちらを見詰めたのが分かり、アリシアは顔を上げて首を傾げる。

 いつ見ても、フェリクスの顔立ちは極上の造りをしていた。長い睫毛に縁取られた灰色の双眸が、緩やかな瞬きをする。


「必要なときは、俺がお前を殺してやる」

「……」

「だから、安心しろ」


 淡々と無表情でそう言ったフェリクスが、立ち止まったアリシアを追い抜いた。


「お前の死を願う人間を増やすための努力など、無駄なだけだ」

「……な……」


 アリシアはふたつ瞬きをしたあと、告げられた言葉の反芻する。その上で、確信した。


「……いまの言葉、何処にも安心する要素は無いのだけれど!?」

「ああ。そうだな」

「すっごく楽しそうに笑ってるわね……!」


 アリシアは抗議の想いを示すため、階段を降りた先にいるフェリクスの背中をぐいぐいと押した。だが、心の中で考える。


(いまのって、『作りたくもない敵を作らなくていい』という意味だった……?)


 フェリクスはアリシアに押されて歩きながらも、涼しい顔をしてこちらを振り返る。


「それで? あの男はいつ逃すつもりだ」

「出来れば少し連れ回したいわ。そうじゃないと、情報を叔父さまの元に連れ帰ったザカリーが、口封じのために殺されてしまう可能性もあるもの」


 ティーナがアリシアの殺害を命じた事実は、王室にとって都合が悪いものだ。叔父やティーナはザカリーから情報を聞き出したあと、彼の命を容易く奪うだろう。


 その危険がある状態で、ザカリーを帰すつもりはない。


(ザカリーの家族を悲しませたくはないわ。小さい頃は、あの村でのやさしさにとても助けられた)


 だからこそアリシアは、ザカリーを侮辱する形になろうとも、あの男をしばらくは傍に置く。


「私のお気に入りの男だと思われれば、叔父さまたちもザカリーを利用しようと考えるはず。たとえばもう一度私の命を狙わせたりして、すぐに死なせないようにすると思うの」

「ほう、言い切るではないか。未来でも見たのか」

「叔父さまの愚かさについては、わざわざ血を流さなくては得られない情報でもないわ。その代わり、はっきり見ている未来もあるわよ」


 フェリクスの背中からひょこっと顔を出し、彼を見上げる。そしてアリシアは、彼に挑むように笑った。


「近々ティーナから接触があるわ。一見すると友好的に思える類の、ね」

「……」

(なあんて、これを未来視したのは嘘だけれど。……あの子の性格を考えれば、手に取るように行動が想像出来る)


 いまのティーナが置かれた状況は、殺したかった姉が生き延び、嫁ぎたかった男と結婚したというものだ。計画は全て失敗し、ティーナの手駒も捕えられている。


 さぞかし怒り、焦っているだろう。

 そしてティーナはこんなとき、人目を強く意識した行動を取るはずだ。


(私が慈善活動で関わった村の人が、叔父さまによる箝口令に背いて、ティーナではなく私に恩を感じていると口を滑らせたときもそうだったわ。ティーナはわざと傷を作って、私が暴力を振るったことを疑わせる振る舞いをした。世間の同情は一気にティーナに流れたわね)


 そんな日々を重ねたお陰で、アリシアには準備が出来ている。


「きっとじきに、ティーナからの連絡が届くわ。表向きは私たちの結婚を祝うふりをして……」

「フェリクス殿下」


 ちょうど廊下の向こうから姿を見せたのは、眼鏡を掛けたフェリクスの侍従だ。

 彼は、フェリクスの背中をぐいぐい押しながら歩いていたアリシアをぎょっとしたように見た。


「し、失礼いたしました。フェリクス殿下がその、随分と楽しそうになさっ……」

「…………」

「いえ。撤回いたします、殿下」


 侍従はその動揺を押し殺すように、咳払いをした。


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