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17 偽りの未来


 賊の男が目を見開く。

 アリシアは敢えて余裕の微笑みを浮かべ、言葉を続けた。


「ただしその果てに、よからぬ噂が立つの。『アリシア王女を殺すよう仕向けたのはティーナ王女である』とね。いくらティーナが天使のようだと愛されていても、ゴシップ好きの国民が噂を広めたようだわ」

「…………」

「ティーナの安全を守るために、叔父さまはしばらく外出の禁止を命じた。そうなると、未来ではこんなことが起きるみたい」


 未来を見る王族のことは、誰もが迷信だと思っている。

 けれども賊の男はきっといま、国に伝わる伝承を思い浮かべているだろう。


「ティーナ自身が動けなくなることで、地方への慈善活動がすべて停滞したわ。あなたもご存知の通り、王室には『ティーナ以外の誰ひとりとして』平民に目を向ける者はいないものね」

「……っ」


 男が眉間に皺を寄せるのを確認しながら、アリシアは推測を深めてゆく。


「最初に貧しい村が滅んだ。……たとえば、ニーリエの村」

「!!」


 その名前に彼は強く反応し、アリシアを睨んだ。


「ティーナの慈善活動が停止し、小さな村が困窮した結果、村同士での争いに発展したの。まだ小さな女の子が、両親の亡骸に縋りついて泣いているのが見えたわ」

「……貴様」

「あなたは助けに向かった。でも、間に合わない。『妹』までもが死んでしまう……」


 アリシアは、自らの手の甲を斬った短剣の切先を賊へと突き付ける。


「――あなたが私を殺したから、そうなったの」

「……何故、俺の故郷や妹のことを知っている……!!」


 フェリクスがアリシアに注ぐ視線を感じた。フェリクスに背中を向けたまま、アリシアは賊に微笑み掛ける。


「私の力で見えたのよ。そうなる未来がね」


 けれども本当は、真実ではない。


(私が知っているのは寧ろ、この男の過去の方)


 決してそれを悟られないように、アリシアは微笑んだ。


(賊に襲撃されたとき、この男の顔には見覚えがあった)


 思い出すのは、未来視の力を使おうとした直前のやりとりだ。


『あなたたち、私を殺そうとしているのよね?』

『命乞いをしても無駄だ。お前はここで死ぬ、諦めろ』

『その言葉を聞くことが出来て、安心したわ』


 あのとき見覚えがある男だと感じたのは、彼に面差しのよく似た人たちを知っているからだ。

 それは、アリシアが叔父から慈善事業を任されるきっかけになった、とある男性とのやりとりだった。


『あれ? 今日はおばさま、いないの?』


 アリシアが七歳のとき、いつも夫婦で王都にやってきていた商人が居た。

 ニーリエの村から来ていたそのふたりは、アリシアをとても可愛がってくれていたのだ。


『ああ……実は、末の娘が流行り病で具合が悪くてな。なかなか元気にならなくて、交代で看病してるんだよ』

『流行り病……』

『国外に働きに出ている息子が、なんとか薬を送ろうとしてくれているんだがなあ。この国にないものが国境を越えるには高い税金が掛けられてしまって、とても払えそうもなくて……』


 その商人の顔は、いま目の前にいる賊とよく似ている。


(ニーリエの村は、私が最初に薬を広めた村。そして、あのとき助けた村の出身者がこうして敵になっているのも、出来すぎた偶然なんかじゃない)


 なにしろその知識や功績、慈善事業の発案者は、すべてティーナだということになっている。


(城の騎士以外に、ティーナに対して強い忠誠心を持つ勢力があるのなら、それは慈善事業によって救われた人たちでしか有り得ないわ)


 この賊たちが、拷問に掛けてもなかなか口を割らなかったことは、昨晩フェリクスから聞いていた。


(それなら賊のうち誰かひとりくらいは、私が見知った人の関係者であるはず。すべての場所を、私自身が歩いて回ったのだもの)


 その前提で思考を進めれば、森の中で見た賊に見覚えがあった理由について、『彼はあの商人夫婦の息子だった』と考えるには十分だった。


 アリシアの故国はいま、関門を通るにあたって莫大な入国税を払う必要があり、国外から薬ひとつ送るのも苦労するほどだ。


(叔父さまの命令で、村に出入りしていたのがティーナではなく私だということは、一部の人にしか知られないように行動しなくてはならなかった。私が薬の作り方を伝えたことを知る人は、村の当事者にもほとんど居ない)


 国の外に出ていたというこの賊が、家族に会って詳しい真実を聞くことは出来ないだろう。


(手紙という形に残るもので家族に伝えるなんて、もっと難しいわ。だからこの男は、家族を救ってくれたのがティーナだと信じて、ティーナに深い恩義を感じている。両親や歳の離れた妹を大切に思う、そんな人物)


 アリシアはその知識を利用して、未来を見たかのように振る舞ったのだ。


「数年前、せっかく流行り病から生還した妹が、あなたの腕の中で息絶える光景は悲惨だったわ」

「……やめろ」

「ティーナから私が悪女だと教えられ、私を生かしておくと戦争が起きてしまうと泣きつかれた? でもその戦争を回避するために私を殺した所為で、ティーナが不利益を被って、あなたの村は消えてしまう」

「やめろ……!!」


 男が暴れ、手枷についた鎖ががちゃん! と鳴る。


「それを避けるためということを口実にして、俺を殺すつもりか。まだるっこしいことをするな、さっさと殺せ!!」

「あら、まだそのつもりはないわ。あなた、それなりに良い男だもの」


 アリシアは目を眇め、人差し指を顎に当てて首を傾げる。


「しばらくの間、私の護衛になってもらおうかしら」

「は……?」


 絶句する男に反応することなく、アリシアはくるりと振り返る。


「ねえフェリクス。お願い、この男を私のアクセサリーとして連れ歩いて良いでしょう?」


明日も更新します!


本作、8/28のなろう総合ランキング1位そして異世界恋愛のランキング1位になりました……!

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