15 本当の反逆者
【第3章】
地下に続く薄暗い階段には、三人分の靴音が反響していた。
一番先を歩く騎士は、手に掲げたランタンを震えさせている。彼は階段の途中で振り返り、決死の覚悟を決めた表情でこう言った。
「恐れながら、フェリクス殿下……」
王太子に意見することへの恐怖心が、その騎士にはありありと見えていた。けれどもここで何も言わない方が、もっと恐ろしい事態になると踏んでいるのだろう。
「ご存知の通り、この先の牢獄は過酷な環境です。どうかお考え直しの上、引き返された方がよろしいかと……」
「ほう?」
「も、もちろんフェリクス殿下に申し上げているのではございません!! 私が懸念しておりますのは、奥方さまのことであります。淑女の目の前に鼠などが現れては、昏倒されてしまうかと……」
言い淀んだ騎士の視線を追い、フェリクスがアリシアの方を振り返った。
けれどもアリシアは、それに反応するどころではない。持っているランタンを壁際に近付け、そこに開いた穴を覗き込んで、ひょこりと顔を覗かせる鼠の観察に夢中だった。
「この国の鼠。……なんて毛並みが綺麗なのかしら……!」
「あ、あの、妃殿下……?」
フェリクスを挟んだ向こうにいる騎士が、アリシアの姿に戸惑っている。けれどもアリシアはぶつぶつと呟き、自分の考えを整理するのに大忙しだ。
「うちの国の牢に出た鼠とは大違い。特有の異臭もしないし、そもそも牢の空気が澱んでいないわ。ねえフェリクス、この国って囚人に病が流行って死ぬ割合はどれくらい?」
「っ、フェリクス殿下を呼び捨てに……!?」
「そのような数値を、これまでに一度も計測したことがない程度には少ないな。獄中死に関して全件目を通してはいるが、流行り病という事例は年に一度も見ない」
「これだけ鼠が綺麗なら、囚人の牢屋ですら衛生面が保たれているということよね。その結果、明確に病死が減っている……この子のことも、もっと観察したいわ」
アリシアはふと思い付き、フェリクスに確認してみる。
「フェリクス。あなたの寝室、飼育かごを置くスペースたくさんあるわよね?」
「俺の部屋に鼠を持ち込んだら、お前ごと叩き出すからな」
「えーっ!!」
頼む前に却下されてしまうが、つまりこれは、鼠さえ持ち込まなければ叩き出さないでいてくれるのだろうか。
そんなことを思いつつも、騎士がこちらを見上げて呆然としていることに気付く。
「どうされましたか?」
「い、いえ。あの……」
「見ての通り、この場所への案内は妃本人の希望だ。――分かったら、黙って己の任を遂行しろ」
「失礼、いたしました……!!」
騎士が慌てて階段を降り始める。フェリクスはもう一度アリシアを振り返り、「これでいいんだろう」とでも言いたげに目を眇めた。
(そんなに恩を着せなくても、十分理解しているわよ。王太子妃がここに来ることが、あまり好ましくないことくらい)
この階段の先に続くのは、囚人を捕らえている牢獄なのだ。
普通ならば、連れて行ってほしいとねだる場所ではない。それでもアリシアがここに来たのは、叔父を玉座から引き摺り下ろす目的のためだった。
***
『あなたの時間を一時間だけくれないかしら。フェリクス』
今朝方、食堂の長いテーブルを挟んで彼と向き合ったアリシアは、ナイフを使わなくて済む果物を食べながらそう尋ねたのだ。
フェリクスはそれに対し、すんと冷めた表情で、ベーコンを切りながら答えた。
『お前はすでに昨晩、とんでもない寝言の数々で、俺の睡眠時間を奪ったばかりだが?』
『そ、それは本当にごめんなさい……!! 自分が寝言を言うだなんて知らなかったの! 寝相も悪かったわよね? 知らないあいだにあなたの上掛けを取っちゃってて、びっくりした……』
『…………』
黙って朝食を口に運ぶ、その所作すらフェリクスは美しい。アリシアは寝ているあいだの無作法を申し訳なく思いながらも、改めて彼に頼んだ。
『昨日あなたは、私を襲った賊に尋問をしたのでしょう? 私も彼らに会いたいの』
『ほう。俺よりも尋問が上手い自信がある、と』
『聞き出したいことがある訳じゃないわ。だけどあの人たちは、ティーナの命令に従っていた。……叔父さまから王位を奪還するにあたって、ティーナを踏み台にするのが玉座への近道でしょう?』
林檎にフォークを突き刺して、アリシアは微笑む。
『私を殺そうとした男たちは、踏み台への最高の足掛かりだわ』
『――は』
フェリクスは面白そうに笑いながら、その脚を組み直した。
『いざとなったら叔父と戦争をする、その覚悟があるのか』
『五歳の頃から十三年間、叔父に尽くしながら訴えてきても、国が滅ぶ未来はなにひとつ変わらなかった。色んな国の要人たちが、叔父さまをみんなで取り囲んで殺したわ』
死の向こうで見えたあの光景は、はっきりと脳裏に焼き付いている。
叔父が思うままに貫いた政治の先で、父を裏切った国々による侵略が起きたのだ。
『私が叔父を倒さなければ、たくさんの国々がシェルハラード国を滅ぼしに来るだけ。領土は各国が奪い合い、引き裂いて、国民が血を流すでしょう』
そうなることは、未来を見るまでもなく明白だ。
『血を流さなくては奪えないなら、残念だけれどそうするしかないわね』
『そのために、反逆を選ぶか』
『逆よ』
アリシアはナイフを握り締めて、フェリクスを静かに見据える。
『本当の反逆者は、お父さまを殺した人の方でしょう?』
『……ふ』
フェリクスはやはり面白そうな顔をして、それから意地悪く目を伏せた。
明日も更新します!
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