13 恐ろしい夫
「これはまた、奇妙なものが妃になったな」
「末長くよろしくお願いしますね。未来視の力以外、お気に召さない花嫁でしょうけれど」
「そうでもない。気に入ったところは他にもあるが?」
「え」
思わぬ言葉に驚いて、アリシアは目を丸くした。
「そ、それは一体どのようなところを」
「顔だな」
「……顔……」
ものすごく身も蓋もいない返答だ。アリシアは思わず自分の頬を両手で包み、むにりと押した。
美しかった母に似たのだから、アリシアの顔立ちについて褒められたことは何度もある。顔だけを褒められても嬉しくはないが、相手がフェリクスのような男であれば尚更だ。
(フェリクス殿下こそ、誰よりも美しい顔立ちをしているくせに。はっきりした切れ長の二重、長い長い睫毛、通った鼻筋に……)
その美しい男性が、アリシアの傍で寝転んでいる。同じ寝台にいることを意識してしまわないよう、慌てて視線を逸らした。
「……そ!」
「そ?」
「それにしても、どうしてティーナが襲撃の首謀者であることを見抜かれたのですか? 国王である私の叔父や、その妃殿下をお疑いになっても良さそうなものですが!」
誤魔化しのような問い掛けだが、本当に疑問に思っていたことでもある。フェリクスにはあまり興味のない話だったのか、返って来た声音は淡白だ。
「聞き出した」
「聞き出した? 一体それは、誰に……」
アリシアはもちろん話していない。奇妙な回答に面食らっていると、フェリクスが平然と口にする。
「お前の命を狙った、賊共にだ」
「――――!」
この場の空気が凍り付き、反射的に体が強張った。
フェリクスの灰色の瞳に滲むのは、薄暗くて強烈な殺気だ。
「……あなたが直々に、尋問を……?」
アリシアをここに連れて来たあと、フェリクスは再び外出したのだ。
そしてこの時間まで戻らなかった。そこで何をしていたのかを理解して、アリシアの心臓が早鐘を打つ。
「殺してしまわないよう嬲るのに、苦労した」
「……っ」
微かな嘲笑と共に紡がれたその言葉に、ぞくりとアリシアの背筋が冷えた。
「お前の妹は毒婦だな。賊共の全員を惚れ込ませて、口を割らせないよう仕込むとは」
「……」
「凄まじい痛みと恐怖の中とはいえ、惚れた女について口を滑らせたことを悔いたのだろう。襲撃を命じた人間がお前の妹であること以外は、いよいよ何も喋らなくなった」
フェリクスはそう言って、自身の指先を眺める。それは恐らく、爪の間に血が残っていないかを確かめる仕草だ。
「お陰でお前の事情の大半は、こちらで推測するしかなかったが。まあ、おおよそ外れてはいないようだ」
「フェリクス殿下……」
アリシアは何も言えなくなり、ぐっと口を噤んだ。
(為政者としての才覚が、桁外れだわ。この男に未来視の力について探られても、秘密を隠し通さなくてはならないなんて……)
フェリクスがアリシアを欲したのは、未来視の力を欲するからでしかないだろう。
(彼が未来視をどう使うのか、なんのために必要としているのかも分からない。残り二回しか使えないことを知られたら、私の目的よりも自分を優先させようとするはず)
寝転んでいるフェリクスの瞳が、アリシアを見上げた。
「その呼び方。つまらんな」
「え?」
ぱちぱちと瞬きを二回してから、彼の呼び名について言っているのだと思い至る。
「……フェリクス殿下」
「…………」
(もっと、別の呼び方をしろと言うこと?)
フェリクスの侍従である男性も、『フェリクス殿下』と呼んでいたはずだ。だから問題はないはずなのに、アリシアにはそう呼ばせたくないのだろうか。
だとしても、どのようなものが適切なのだろうと考え込んでしまう。
「フェリクス、さま」
首を傾げつつ呼んでみても、フェリクスはやっぱりなんだかご不満のようだ。
「旦那さま、とか?」
「…………」
「ダーリン」
「………………」
「そ、そんな白けた目で見なくても……!!」
アリシアはううんと唸る。それからふと思い付いて、試しに口にした。
「じゃあ、『フェリクス』」
「……」
この王太子を呼び捨てにするなんて、不敬な態度にも程があるだろう。
王族の夫婦関係は、決して双方が対等なものではない。王位継承権がある方が強いのだから、アリシアがフェリクスを敬う立場だった。
けれどもフェリクスは、それで良いと言わんばかりに目を瞑る。
「……ああ」
「!」