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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第3章 後継候補編
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桜もち

~枇杷亭 執務室~

「まあ桜もち!懐かしいわ。」

「延さんと私で作りました。奥様の御口にあえばいいのですが・・・無添加ですが、旦那様は召し上がれそうですか?」


 三輪は笑顔の奥様を見て嬉しくなった。この優しい奥様の毒味役になってもう9ヶ月になる。


「でも、どうやって道明寺粉を?」

「延さんにお願いして作ってもらいました。もち米はたくさんありますから。」

「え!道明寺粉って工場じゃなくても作れるの?」奥様は驚いている。


 確かに道明寺粉を自作する家庭なんてほぼないだろう。そんなことしなくても春すぎになれば店や屋台で桜もちはたくさん売っていた。

三輪だって餅屋出身の兄嫁に教えてもらうまで、道明寺粉の作り方なんて知らなかった。


「ふーん、あの変な臭いがしないな。これなら俺も食べられる。」


よかった。

旦那様が嫌う変な臭いはおそらく添加物のことだと思って食紅は使わなかった。

だから桜もちなのに白いけど・・・ピンク色よりも旦那様と一緒に食べられる物の方が奥様は喜んでくださると思ったのだ。


 若様と姫様も美味しそうに食べて下さってる。

三輪はほっとした。

 若様と姫様は人じゃない。小竜にテンペンした姿を見て腰を抜かしたのは・・・もう昨秋のことだ。

お子様たちが人でないなら旦那様もそうなのだろうが・・・旦那様が人外の姿になったところはまだ一度も見ていないので実感がわかない。人と明らかに違うのは、異常なほど鼻が利くことぐらいだ。



「ふう、おいしかった。」芙蓉は温かいジャスミン茶を飲み終わると、執務室のソファーにもたれかかった。

 久々の桜もちに、香りのいいジャスミン茶は最高の組み合せだ。


「なあ芙蓉、ムテンカってなんだ?」


『もう!さっき三輪に聞けばよかったのに・・・』


使用人を皆下がらせてから芙蓉に訊いてくるのは、まだ三輪を警戒しているからだろうか?

 侍女たちは寝ている子どもたちをリュウカの部屋に連れて行ったので、執務室には夫と2人きりだ。


「あなたが苦手な臭いは人族の添加物の臭いです。無添加というのはその添加物が入っていない食べ物のことですよ。」

「なるほどな。そのテンカブツがなければ俺も芙蓉と同じものを食べられるのか・・・」

「無理に私と同じものを召し上がらなくても・・・」

「嫌だ!俺だけ別のものを食べるのはさみしいんだぞ!」


『もう~子どもじゃないんだから』


息子も娘も夫と同じくらい鼻が利くのに添加物の臭いは平気なようで芙蓉と同じメニューを食べているのだ。

獣人たちも添加物の臭いを嫌うので、子どもたちには夫と同じメニューを用意してくれていたのだが・・・子どもたちは芙蓉が食べているものを欲しがるので諦めた。

でもさすがの三輪も味噌や醤油を無添加で自作するのは・・・無理かな?



「芙蓉。」

隣に座っていた夫に急にソファーに押し倒された。

「もう!びっくりした。どうしました?」

「血の匂いがしなくなった。」

夫はそう言うや芙蓉の首に唇をあてる。


相変わらず鼻がいいこと。


娘が離乳したからだろう。今月から月の物が再開し、今朝終わったところだ。

夫は出血している間は一緒には寝るものの何もしない。

いや、腕枕をして抱きしめて優しい言葉をかけてくれる。

 前に月の物がきたのは・・・この枇杷亭にきた翌月だった。その後から月の物が止まって、息子の妊娠が分かって、息子の授乳中に娘を妊娠して・・・あれ何年止まっていたんだろう?



『って、え?待って!ここでは・・・』


「もう!あなた、寝室に行きましょう!」芙蓉は慌てて上に乗っている夫を押し返そうとするが、

「ん~いいだろ?前もここでしたじゃないか?」夫は芙蓉の首にもう一つ赤い跡をつけると手を芙蓉の足の付け根に向かって滑らせて・・・

「ん?」

「え?」

夫は不機嫌な顔で執務室の扉を見る。

どうやら誰か来たようだ。


『助かった~でも誰だろう?扉を開けて入ってこないから竜湖じゃないな。』



「お邪魔いたします。旦那様、奥様。」

やってきたのは藍色の髪をした若い女性、藍亀あいき族の亀黄ききだった。

「指輪をお持ちしました。」

「随分時間がかかったな。」


夫が不機嫌なのは時間がかかったからじゃない。芙蓉との時間を邪魔されたからだ。


「以前お伺いしたのは3ヶ月ほど前ですが・・・相変わらず紫竜はせっかちですね。」

亀黄は呆れたような顔をしながら、ピンク色の貝殻でできたジュエリーケースを風呂敷から取り出した。

「まあまあ、あなた。早速指輪を見たいです。」

芙蓉は笑顔を作って夫をなだめる。

「ん?ああ・・・」

夫はジュエリーケースを受け取って、蓋を開けた。


「わあ!素敵!」


芙蓉は歓声をあげた。

 前の指輪よりも大きく、幅は10ミリほどもある。指輪の本体は藍色の鉱石のようなものでできていて、複雑な模様が彫られている。

そして大粒の真珠が3つも。


「え!この白いのはもしかして・・・」

夫は驚いた顔で指輪を見ている。

「はい。骨です。」

亀黄は平然と答えるが、


『ほ、骨?真珠じゃないの?てか何の骨?』


芙蓉はドン引きした。

「いや、確かに俺の雷でも壊れない素材でとお願いしましたけど・・・甲羅だけでよかったんですよ。」


夫の言葉に芙蓉は思わず亀黄の背中についた藍色の甲羅をまじまじと見てしまった。


そう言えば前に息子が寝室の扉を壊した時に聞いた・・・紫竜の雷にも耐えられる素材・・・


「枇杷亭の旦那様と奥様の結婚の証となれば奮発しようと族長が申しまして。ちょうど昨年末に天寿を全うした同士がおりますので、一番良いところを使いました。」

亀黄の言葉に芙蓉は顔が引きつってしまった。


死んだ藍亀の甲羅と骨からできてるってこと!?


こんなことなら夫に任せずに金とダイヤモンドの新しい指輪をねだればよかった・・・後悔してももう遅い。

夫の大切な取引先から贈られた指輪だ。つけないわけにはいかない。


「これは結構な贈り物を。ありがとうございます。」


夫は嬉しそうだ。大きい方の指輪を左手薬指にはめると、芙蓉の左手を優しく持ち上げてもう一つの指輪を薬指にはめた。

サイズはぴったりだ。不思議なことに前の指輪よりも軽い。


「素敵な指輪をありがとうございます。」芙蓉は笑顔を作って亀黄に頭を下げた。


「気に入って頂けてようございました。では私は失礼いたします。どうぞ続きを。」


亀黄はソファーをちらりと見ると一礼して執務室から出て行った。


「・・・」


芙蓉は耳まで真っ赤になってしまった。

どうして獣人じゃない神獣は鼻だけでなく耳までいいのだろう?

芙蓉なんて分厚い執務室の扉の前に居たって中の音は何一つ聞こえないのに!


「さ、芙蓉、続きを・・・」

「嫌です!もうリュウカの部屋に戻ります!」

芙蓉は、ショックを受けた顔の夫を置いて執務室を飛び出した。


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