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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第3章 後継候補編
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雪光花の栞

「わあ!」芙蓉は歓声をあげた。

3年ぶりだ。

雪の上に咲く薄黄色の可憐な花からはあのいい香りがする。

でも前とは違う場所だ。こんな小川はなかった。

「芙蓉」夫が近づいてきて芙蓉の腰に手を回した。

「あら?子どもたちは?」

夫は上空を指差す。

紫色の子竜が2匹、はるか上空にいる。

賢い子どもたちは空に避難したようだ。


「あなたは本当に平気なのですか?」夫だって子どもたちと同じくらい鼻が利くのではなかったか?

「うん?花の匂いよりも妻と二人きりの嬉しさの方が勝つ」

そう言うと唇を重ねて濃厚なキスをされた。


「ん・・・もう・・・外ですよ。」芙蓉は耳まで真っ赤だ。

「可愛いなぁ。芙蓉はほんとにこれが好きなんだな。」夫はうっとりするほど色気を感じる声でそう言うと、

また・・・

さっきよりも長い

ちゅちゅと音をたてて何度も唇も舌もいいように弄ばれた・・・


やっと解放された芙蓉は恥ずかしくて夫の胸に顔をうずめた。

こんなにとろけきった顔は見られたくない・・・襲われてしまう。

「芙蓉、可愛い顔を見せてくれよ。」耳に吐息がかかる。

「ん・・・ダメです。」

外では嫌なのに。周りから見れば抱き合っていちゃついているようにしか見えないだろう。

誰も居なくてよかった。


 前に来た時から随分色んなことが変わったなぁ。まさか夫婦になるなんてあの時は夢にも思わなかった。

飽きて早々に捨てられるんだろうって・・・夫だって今とは違って執着なんてしてなくて、

私はもっと自由で・・・

あれ?そうでもなかったかも・・・

まあいいや。今は私は夫のことが・・・


「ふふ、前にここにきた時は二人きりかと思いきや龍陽がお腹にいたのですね。今日はほんとに二人きりですか?」芙蓉は顔をうずめたまま笑う。

「え!」夫の身体がびくりとした。

「え?まさかまたつわり?」

「いいえ。でも、いつできてもおかしくないですよ?昨日の夜だって・・・子どもができたら嫌ですか?」

宿にくるといつも以上に元気になるのは変わらない。


「そんなわけないだろ。その時は・・・覚悟を決めるさ。」


夫は即答してくれた。一年前とは大違いだ。

「あ、そういえば・・・ソラ様は6月まで監禁生活なのですか?」

「監禁って・・・まあ龍算はもう外出させないと思うぞ。いくら大事な妻でもあんな嘘はなぁ・・・」

頭上から夫のため息が聞こえた。


 あの後、夫から聞いた話によれば、鹿族に妊娠中にキノコを食べる風習なんてなく、それどころか夫たちが行った山はソラの故郷でもなんでもなかったらしい。

さすがの龍算も怒って妊娠中は、いや子が生まれて転変するまで妻の外出は許さないと夫に言ったらしい。

でも、なんでそんな嘘を?

あの鹿には一度しか会ってないけど、嘘をついて夫を振り回すようなタイプには見えなかった。

まして芙蓉の夫まで巻き込んで・・・

まあ、獣人の考えることなんて分からない。


 でもあの監禁生活は気の毒だ。さすがにお庭にはまだ出してもらってるのかな?

ソラの子どもは転変まで何ヶ月かかるんだろう?芙蓉の子どもたちはかなり早かったらしい。

以前、竜湖は半年から一年くらいとか言ってたっけ?

「あ!そうだ。ねえ、あなた。ソラ様への贈り物を龍算様は許してくださいますか?」

芙蓉はようやく顔をあげて夫を見た。

「ん?贈り物?何を贈るんだ?」夫は面食らっている。

「雪光花の押し花なんてどうでしょう?」芙蓉はにこりと笑った。



~柘榴亭~

「まあ!枇杷亭の奥様が?」

ソラは驚きながらも龍算から渡された包みを開いた。

薄ピンクの和紙に薄黄色の可愛らしい小さな押し花が・・・まだほのかに花の香りがする。なんていい香りだろう。

初めて嗅ぐ匂いだ。

こんな雪と氷ばかりの2月に花が?

「妊娠中は外に出られないからと、枇杷亭の奥様自らお作りになったそうだよ。」

「まあ、私なんかのために?」

ソラは驚いた。

人族は他種族が嫌いなのに?それともこれも後継候補筆頭の妻の仕事なのだろうか?

 いや、きっと違う。たった一度だけ会った人族の妻からはソラに対する嫌悪感も悪意も感じなかった。

ソラの知る人族たちとは違って・・・


 弟の(つがい)を殺したのは彼女の夫じゃなかったのに、ソラには今、それを弟に伝えるすべがない。

どうしよう?今からでも止めるべきだろうか?もしバレればソラだけでなく弟も命はない。

 弟に相談したいのに・・・まさか妊娠がわかった途端、こんな監禁生活が待っているとは思わなかった。

その上、紅葉の件で実家との手紙のやり取りすら禁じられ、実家から連れてきた侍女たちは全員追い出されてしまった。彼女たちは何も知らないのに・・・ただソラの嘘を黙っていただけで。

まあ、白猫のところのように殺されなかっただけマシか。

 何も知らない鹿族本家の【父母】は今ごろ怒っているに違いない・・・いい気味だ。


 弟は今どうしているのだろう?


まだ危険なことをしているのかな?

いっそ死んだ彼女のことは忘れて新しいつがいを見つけてくれれば・・・無理だろう。

ソラと違って弟は純情なのだ。愛情のない相手と番になどなれない。


 ソラは柘榴亭のリュウカの部屋の窓から外を眺めてため息をついた。


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