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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第3章 後継候補編
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孔究

「孔雀族から恨まれていると聞いていましたが、貴殿は違うと?」

龍希は営業スマイルを崩して、眉をひそめて孔究を見ていた。

「どうでしょう?それは旦那様が判断されることです。」孔究は試すような目で龍希を見る。



 本当は、孔究は声を出して笑い出しそうだった。

 孔究が母と別れたのは2才の時だ。実父のことは覚えていない。

母との再会は叶わなかったが、母は離れていても孔究のことを死ぬまで愛してくれていた。

 毎月手紙をくれ、年に一度の誕生月にはプレゼントを贈ってくれた。孔究の乳母や世話係たちから孔究の話を聞いていたのだろう。母からのプレゼントはいつだって孔究が欲しいもの、必要とするものだった。

そして最後のプレゼントはオパールのついた足環だった。死期を悟った母が自分の足環からオパールを外し、孔究のために作った足環に付けてくれたのだと手紙に書いてあった。

オパールは孔雀族にとって特別なのではない。孔究にとって特別な、母との絆の宝石だ。

 母は多額の養育費を養父に支払っていたが、その見返りとして養父に対し、孔究を特別扱いし、次期族長として然るべき教育を受けさせるように求めた。養父は養育費欲しさにその要求に応じ、孔究は成獣前から族長後継になった。


 母は弟の性格をよく分かっていたのだろう。

養父は族長の器ではなかった。

商才も一族を背負う気概もないのに、姉が紫竜に嫁いだ、それだけを理由に族長にされた哀れな男は、いっそ何もできない能無しならよかったのに・・・

母が死んで養育費がなくなり、母が生んだ紫竜の族長息子には依存できないと分かるや、その族長息子を、紫竜を恨んで悪巧みをするようになった。

 だが、孔雀の悪巧みが、没交渉の紫竜の族長息子に届くはずもなく、孔究は母の遺言に従ってこのまま没交渉状態を続けるつもりだったが・・

 偶然、孔雀族本家にきた異父弟はちゃんと気づいてくれたようだ。

その上で、孔究と全く同じことを考えていたのだから、孔究は可笑しくて仕方がない。

 孔究にも愛する妻子がいる。いまや母の遺言よりも大切な存在だ。紫竜の族長が引退して、取引という名の支援が打ち切られて家族が困窮していく未来をただ受け入れるのは嫌だった。

これから孔雀族が自らの力で生きていくために、取引品として魅力的なものを作れないか?

そう思って孔究が力を入れてきたのがジャスミン茶だ。孔究の妻が雛のころから好きなお茶。

それをまさか異父弟の妻が気に入ってくれるとは。

リンリン棒は完全に想定外だったが・・・まあ結果オーライだ。

『お!』

 両腕を組んで考え込んでいた異父弟は結論が出たようだ。

孔究は居ずまいを正す。



「いいでしょう。貴殿が速やかに族長になれるよう協力しましょう。」龍希は決めた。

利用されるのは癪だが仕方ない。確かにこいつが族長になってからの方が安全に取引ができそうだ。

今の族長からは、龍希に対する悪意を感じた。

「ありがとうございます。」

「その代わり、遺恨が残らぬように現族長一派は排除しきって頂きたい。」

ゴリラの二の舞はごめんだ。紫竜に恨みをもつ孔雀はこいつに排除してもらおう。

「では、そちらもご協力頂けませんでしょうか?お礼は致します。紫竜に悪さをした雌ゴリラの所在をお知りになりたくはありませんか?」孔究はニヤリと笑う。

「は?」龍希は驚きのあまり立ち上がった。

「なぜ知っている?」

「族長とその息子が匿っております。ワニ領に向かうために我が領に不法侵入したところを私が捕まえて、ゴリラ族に引き取らせるつもりだったのですが、族長親子が雌ゴリラの話にすっかり引き込まれて・・・族長一派を処分する大義名分としては十分だと思いませんか?旦那様がご協力くださるならですが。」

「俺に孔雀族の内部紛争にまで介入せよと?」

「私には孔雀族内に親も兄弟もおりません。今の族長一派を始末し、名実とともに実権を握るには後ろ楯が必要なのです。施しは求めません。必ずやご恩に報いる働きを致します。一取引先として。」孔究は深々と頭を下げる。

「・・・さすがに俺1人で判断できる話じゃなくなった。一族に諮るから少し時間をくれ。」


「ふふ・・・」孔究は今度こそ声に出して笑ってしまった。

異父弟は随分と分かりやすい。急に砕けた口調に頭の中の考えが透けて見えた。

「なにか?」

「いえ、ではお返事をお待ちしております。枇杷亭の旦那様。」

孔究は再び深々と頭を下げた。

今度はにやけた顔を隠すために。



 12月、紫竜の取引先に激震が走った。

孔雀族の世代交代に伴い、なんと紫竜の後継候補筆頭が孔雀族の取引担当になったのだ。

その上、孔雀の新族長が前族長一派を排除するのを全面的にバックアップし、シリュウ香以外の取引も始めたらしい・・・これまでの絶縁状態から一体何が起こったのか?

各取引先は情報収集に奔走した。


 その騒動の最中、リーラの死を聞いたサヤは、こっそり鴨族の湖のそばに花を手向けに行った。


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