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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第3章 後継候補編
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紅葉の山

 11月に入ってすぐ、龍希は龍算に呼ばれて本家に来ていた。

本家の使用人に案内され、龍算の待つ応接室に入る。

「龍希様、お忙しいところ申し訳ございません。」龍算は立ち上がって軽く頭を下げる。

「いや、そろそろ本家の蔵にシリュウ石を届けようと思ってたからちょうどよかった。どうした?」

龍希は龍算の向かいに座ると、テーブルに置かれた赤ワインを自分のグラスに注ぐ。

「実は、妻の懐妊がわかりまして、出産予定は来年の6月頃です。」

「本当か!良かったな。今度こそ期待してるぞ!」龍希は喜びのあまり立ち上がった。

龍算は後継候補の最年長だが、前妻は3回とも死産だった。

「ありがとうございます。それで・・・龍希様にお願いしたいことが」

「なんだ?」

「実は妻が・・・どうしても故郷の山に行きたいと申しておりまして。今月中に。」

「はあ?バカ言え!妊娠中の妻を巣から出せないだろ?」

「はい。いくら妻の頼みでもそれはできないと断ったのですが・・・どうしても故郷の、紅葉の森に生えたキノコを食べたいと。妻の一族は妊娠するとそのキノコを食べるらしいのです。」

「なら、そのキノコを取り寄せればいいだろ?」

「私からもそう言ったのですが、妻はもぎたてでないと意味がないと。故郷から取り寄せると鮮度がおちるから食べられないと言うのです。」龍算は頭を抱える。

「んなこと言ったって、どうしようもないだろ?そんなの。」

「しかし、妊娠中の妻の望みは最大限かなえてやりたいのです。先月、虎のせいで4日も巣を不在にしましたし・・・ただ、やはり私1人では妻に何かあったときに不安で・・・ですのでどうか龍希様、一緒に来ていただけませんか?」

龍算はテーブルにつくほど頭を下げる。


「はあ?待て待て!お前、まさか妻を遠出させる気か?」


龍希は焦った。

嘘だろう?龍希なんて馬車で10分の距離の本家に妊娠中の妻を連れていくことすら嫌だったのに・・・信じられない。

「でも、竜湖様に相談したら龍希様は妊娠中の奥様を連れて泊まりがけで雪光花を見に行っていたから、紅葉の森ぐらい連れて行ってやれと言われまして。」

「はあ?あれは、妊娠してると俺も妻も知らなかったからだ。知ってたら絶対に巣から出さなかった!」

竜湖のやつ余計なことを言いやがって。

「そう言われましても!もう妻に連れて行くと約束したのです。お願いします!」

「なんで俺なんだよ?」

「それが・・・先日、妻が龍希様と龍栄様の奥様とご一緒させて頂いたではないですか?そのとき、奥様が龍希様のことを優しい夫だとべた褒めされていたのを聞いたそうで・・・まあ本音は後継候補筆頭とのつながりがほしいのでしょうが。」

「ああ、黄虎の谷から帰った後の会議の時か。」

妻に褒められていたなら嬉しいが、だからって面倒事はごめんだ。

「龍灯か龍緑はどうだ?特に龍緑は今、物入りだし。」

妊娠中の妻の護衛だ。龍算は報酬をはずむに違いない。

「妻のいない2人など冗談ではありません!」

俺と同じことを考えてやがる。妻は妊娠中なんだから、他の奴が手を出すことなんてないだろうに・・・

「え~めんどくせえなあ。」

「私は4日もお供したではないですか!たった1日ですからお願いします。」

龍算は土下座でもしそうな勢いだ。

「・・・分かった。虎の時は世話になったしな。今回だけだぞ。」

「ありがとうございます!」

「報酬は赤ワイン10本な。けちるなよ。」

龍算が選ぶ赤ワインはどれも間違いない。今日のこれもかなりいい品だ。

「じゅ・・・分かりましたよ。妻のためですからけちるわけには参りません。とっておきのものをご用意します。」

龍算は顔を引きつらせながらも頷いた。



 11月の良く晴れた日、龍希は紅葉の森というか山に来ていた。随分、北上してきたからだろう。もう太陽は真上なのに枇杷亭よりも寒く感じる。

 少し離れたところに龍算と鹿族の妻がいる。龍算の頼みで護衛としてついてきたが、紫竜の匂いに気づいて、獣人どころか動物たちまで逃げて行ったので危険などなさそうだ。

 それでも龍算の執事であるオラウータンのしんは木に登って周囲を警戒し、妻の侍女たちは羽を広げて上空を見回っている。あいつらは何の獣人だっけ?鳥族は種類が多くて覚えきれない。

「にしても、あの鹿はキノコを食いに来たんじゃないのか?」

龍希は龍算に聞こえないように呟いた。鹿は馬車から降りるとまっすぐにこの辺りに歩いてきたのに・・・キノコなんて一つも見当たらない。

鹿はさっきからうろうろしているが、キノコを探しているにしては・・・

「龍希様!」執事の榛が木から降りて近づいてきた。

「ん?」

「上空の侍女の一人が、こちらに近づいてくる人族を見つけたと・・・3時の方向です。」榛は険しい顔で指差す。

「人族?」龍希は榛が指差した方向の臭いを嗅ぐが・・・分からない。かなり遠くに居るようだ。

「こっちに向かってきているのか?」

「分かりません。紅葉の葉のせいで上空からはすぐに見失ったそうで・・・」

「ちっ!分かった。見てくる。お前たちは龍算たちの側を離れるなよ。他にもいるかもしれない。」

「は!畏まりました。」

「疾風、行くぞ!」



「あ、いたた」

紫陽しようは立ち上がって腰を拳でトントンと叩いた。11月に入ってからほぼ毎日、こうして山に入って薬草や薬用キノコを採取しては町の薬屋に持って帰っている。今年で53歳になった老婆には重労働だ。ここ数日で急に寒くなり右足の古傷も痛む。

だが、この辺りは11月の終わりごろから雪が降り始めるので、休んでいる暇はない・・・それに何か作業をしていないと涙が出てきてしまう。

 今年の6月、最愛の息子はある日突然やってきた役人にどこかに連れていかれ、なんと収監されてしまったのだ。息子は人身売買なんてしていない。のに・・・誰も息子のことを信じてくれなかった。

年頃のそれも嫁入りが決まっていた妹が家出したのにろくに探しもせず、嘘の死亡届を出して、周囲には遠方に嫁に行ったと嘘をつくなんておかしいと、警察も町の商人も友人もみなそう言って・・・息子と紫陽を罵った。

息子が噓の死亡届を出していたなんて知らなかった・・・離婚した息子の元妻に言われるまで。

ああ、きっとあの元妻が息子を陥れたに違いない。

 いっそ息子と変わってやりたい。息子はいつ出てこれるのだろうか?牢屋でどんなに辛い思いをしているだろう・・・また涙が出てきた。


 ガサガサと落ち葉を踏む音がした。

誰だろう?町の女が山菜かキノコを採りに来ているのだろうか?できるだけ町の人間には会いたくない。紫陽はそう思って、そばの紅葉の木の根元にしゃがんで隠れた。

「いました。」

すぐ近くで中年男の声が聞こえた。だが、こんな声は聞いたことがない。

余所者がこんな山に居るはずが・・・猟師だろうか?

まさか動物と間違えて?鉄砲で撃たれたら大変だ!

紫陽は慌てて立ち上がって声のした方を見た。

「ひ!」

恐怖のあまり腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。

人じゃない!ヒョウの獣人がいる!

なんでこんな場所に?食べられる・・・

「ご苦労。一人か?」

今度は若い男の声が・・・もう一匹獣人が!もうダメだ。

「え?」

声の主は人間だった。紺色?いや、深紫の髪をした青年が近づいてくる。

「おい!ここで何をしている?」

青年が紫陽に尋ねる。

「薬草とキノコを採っておりました。」

「一人でか?」

「はい。私は・・・この下の・・・水連町でただ一人の薬屋ですので・・・」

紫陽は震える声で答えた。


この青年は誰だろうか?町の人間でも猟師でもない。

まるで都にいる貴族のような身なりをしているが、貴族がこんな山にいるはずがない。

それにそばに獣人が・・・紫陽はパニックだ。

「ふ~ん。悪意は感じないな。悪いが、この上に気難しい奥方がいてな。今日は町に帰ってくれないか。」青年の喋り方は有無を言わさぬ命令のように聞こえた。

「は!はい。畏まりました。」

紫陽は足腰の痛みも忘れて、町に向かって走り出した。


「疾風、念のため山を下りるまで見張ってろ。俺は龍算たちの元に戻る。」

「畏まりました。」

疾風は人族を追っていった。

「は~やれやれ。心配して損したぜ。」

龍希は一人で来た道を戻る。人族と聞いて警戒していたが、今の雌からは何の悪意も感じなかった。他の獣人と同様に龍希に怯えているだけだった。



 龍希が戻ると、龍算たちはまだ同じ場所に居た。

「お目当てのキノコは見つかったのか?」龍希は龍算に尋ねる。

「いえ、まだ・・・」龍算は困った顔で妻を見る。

「なら移動したらどうだ?周囲には誰もいないんだし。」

「ほら、龍希様もそう言っているし。こんなに探しても見つからなかったんだ。あっちの方も見てみないか?」龍算が促すが、なぜか鹿はこのあたりから動こうとしない。

「え、いえ・・・ここにあるはずなのです。もう少しだけ」鹿はそう言うが・・・

「奥様、キノコはどこに生えているのですか?」

龍希は我慢できずに尋ねた。

「え?どこと申されましても・・・紅葉の木の下に・・・」

「しかし、さっきから一度も地面を見ておられませんよね?」

「え!そんなことは・・・」

鹿は慌てて俯くが・・・

こいつはここに来てからずっと視線は高いままだ。龍希たちよりも背の高い鹿の獣人は紅葉の木の上ばかり見ている。

「龍希様!妻を怯えさせないでくださいませ!」龍算が龍希を睨む。

「ならお前がツッコめよ。本当は何を探しに来たんだ?」

鹿は俯いたまま何もしゃべらない。

龍希はため息をついた。


 さすがの龍希たちも気づかなかった。何百メートルも離れた場所から龍希たちを見ている視線には・・・


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