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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第3章 後継候補編
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黄虎本家

 3日目の正午前、大きな谷の底にある黄虎族の本家に着いた。

龍希は妻の手をとって馬車から降りるのを手伝う。

今日の妻は紫の地に紅葉柄の着物を着て、虹色に輝く宝石のついたアクセサリーとリュウカを身に付けている。

毎回のことながら、その美しさに見惚れてしまう。

 普段着だって美しいのだが、着飾った時は格別だ。


出迎えたのは虎桔(こけつ)だ。

「ようこそ、はるばるおいでくださいました。族長のもとにご案内します。虎豊、お前たちは先に本家に戻って着替えてきなさい。」

龍希は妻の肩を抱いて、虎桔についていく。すぐ後ろに息子を抱っこした竜紗と竜冠がおり、龍算と龍賢が続く。

 獣人の使用人たちはワニの宿においてきた。黄虎の匂いを獣人は嫌うからだ。

それに往復4日の長旅だ。使用人たちには紫竜から離れる時間もないと辛いだろう。

 龍希の妻は・・・黄虎の匂いに気分を害している様子はない。

不思議だ。妻だって紫竜の匂いも黄虎の匂いも感じていると言うのだが、別に気にならないらしい。



 黄虎族の本家は岩と木でできた豪邸だ。今の時間は太陽の光が差しているが、夜は谷に無数に吊るされた光玉で一日中明るい。虎たちは暗い場所が苦手らしい。

 そこら中から虎の嫌な匂いがして不愉快なこと極まりない。娘は妻が抱いているので転変こそしないものの、ずっと唸っている。

息子は、いつの間にか竜紗の腕の中から抜け出して、龍希の頭の上を転変して飛んでいた。


「あら~龍希殿。いらっしゃいませ。今日も素敵ですこと。」

相変わらず虫酸が走る。黄虎の族長と正装に着替えた虎豊が玄関で待っていた。一歩後ろにワニの夫もいる。

 唸って今にも黄虎たちに飛びかかろうとする息子を龍希は両手で抱いた。

息子が怪我でもさせられたら・・・妻が怖い。

「さあさ。中へどうぞ。今日は雷は勘弁してくださいね。この夏に生まれた子どもたちがびっくりしてしまいます。」虎豊はニヤニヤと不愉快な笑みを浮かべている。

「あらー?そっちはまだ転変できないの?」族長は妻に抱かれた娘を見て言った。

「娘は息子よりも気性が荒いので妻がおさえてるんですよ。臆病者の虎の子のために。」

「あら将来有望ねぇ。私の息子の嫁にしない?」

「はあ?」

何をバカなことを。笑えない冗談だ。

「ありえませんね。虎は臭くて無理です。」

「母親に似て鼻がバカなんじゃないの?族長子息同士の結婚なんて珍しくないんだし。」

「なんだと?」龍希は族長を睨み付けた。

「龍希様!安い挑発ですよ。」

龍算と龍賢が後ろから飛んできて龍希を諌める。

「俺はともかく息子が雷を落としても知りませんからね。」

「あら!それはぜひ見たいわ。龍希殿の雷鳴は刺激的だったもの。子宮にまで響いたわ~」

また気色悪い視線を向けてきた。吐きそうだ。

『ん?』

妻が右手を龍希の左腕に回す。

あれ?なんか顔が怒って・・・


『もしかして嫉妬してくれてる!?』


龍希は喜びのあまり口角が限界まで上がった。

息子の転変祝いの時には無関心だったのに・・・


「えーだらしない顔。」族長はドン引きしているようだか、どうでもいい。

妻が嫉妬してくれる日がくるなんて最高だ。

 なのに、妻は族長の顔をちらりと見ると龍希から離れてしまった。

龍希が妻の右手を握る前に、妻はまた両手で娘を抱いてしまった。


「ねえ、どうしたら竜の子は雷出してくれるの?」

「族長!勘弁してください。」

虎豊が苦笑いで止めている。

 本家の中のあちこちから黄虎の子の臭いがする。以前、龍希が黄虎本家に来た時には虎の子は匂いが分からないところに隠していたのに・・・族長が変わった影響か?

まあどうでもいい。龍希たちは子どもに手を出すことはしない。虎の子から危害を加えてこない限りは。


「さ、着いたわ。もう食事の用意はできてるはずよ。あんたはここまで。」族長はワニの夫に告げた。

「獣人には席を外させるはずでは?」ワニは不愉快そうに龍希の妻を見る。

「龍希殿が妻をそばから離すはずないでしょ。人族なんて警戒する価値もないわ。さ、行った行った。それとも龍希殿の雷見たいの?」族長はワニを手で追い払う。

ワニは龍希をちらりと見ると大人しく下がって行った。


「それでワニを追い払ってまで何の話です?」

席につくなり龍希は正面の族長に尋ねる。

「あら、食事が済んでからでいいのに~」

「あんまり長居したくないので、食べながら聞きますよ。」

虎の巣に泊まるつもりはない。15時にはここを出発しないと宿に戻るのが日没後になってしまう。

「相変わらずせっかちねぇ。まあいいわ。ねぇ、紫竜にワニ族の花嫁が居たわよね。なんか悪さしてない?」

「はあ?」

何を言ってんだ?この虎は

「なにもございませんよ。失礼な。」

「じゃあゴリラの妻は?」

「何もないですよ。」

龍希は営業スマイルを崩さない。

『龍灯の件はまだゴリラ族と協議中だ。トラブルがあったことすら公表していない。』


「ふーん。妻に殺されかけるなんて紫竜では日常茶飯事なのね。」


族長はニヤリと笑う。

「・・・なんで知ってる?」龍希は真顔になって族長を睨む。

当てずっぽうではなさそうだ。

「竜の子の雷を見せてくれたら教えてあげる。」

「はあ?見返りならシリュウ香でいいだろう?」

「そんなものお金で買えるもの。ちょっとでいいのよ。あの壺壊すくらいの雷で。」黄虎の族長は不敵に笑いながら、テーブルから離れたところに置いてある陶器の大壺を指差した。

 龍希は悩んだ。息子に雷を出させるのは簡単だか、見せ物じゃない。何より黄虎に指図されるのが気にくわない。

だが、なぜ情報が漏れてるのか突き止めなければならない。ゴリラが漏洩したなら、報復を考え直す必要がある。


「ちっ!芙蓉、頼む。」龍希は族長を睨んだまま、隣の妻に声をかけた。

「・・・はい。」

妻は立ち上がって竜紗に抱っこされた息子のそばに行くと、息子に話しかけながら、大壺を指差した。

息子はこくんと頷くと、小さな雷を落として大壺を粉々に壊した。

息子は2歳になったばかりだが、雷の力はなかなか強い。さすがは俺と妻の子だ。

「あはは!すごーい!人族から生まれたとは思えないわ」族長は両手を叩いて大喜びだが、

『一言多いんだよ!妻がいなけりゃ俺が雷落としてるところだぞ!』


「で、なんで知ってる?」

「聞いたのよ。春に捕えた人族に。」

「はあ?」


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