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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第3章 後継候補編
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ゴリラの遺族

 2時間ほどしてまた夫に連れられて族長の執務室に入ると、すでに竜紗がいた。着物が変わっているので、おそらく竜紗がゴリラを始末したのだろう。


「奥様!怖い思いをさせて申し訳ございませんでした。」


竜紗は床に頭をつけて土下座したので芙蓉は慌てる。

「え!いえ、竜紗様。やめてくださいませ。原因を作ったのは私たちですから!」

「どういうことだ?」族長が芙蓉たちを見る。

 芙蓉は雪光花を見に行った時のゴリラの話をした。

「龍希様!聞いておりませんよ!なんで龍灯様の再婚話が出た時に教えて下さらなかったのです?」竜紗は怒っている。

隣の族長も険しい顔で夫を睨んでいる。

「ん?だって龍灯には関係ないだろ?」夫は不思議そうな顔で答えるが・・・

芙蓉は呆れた。

「あなた、ゴリラの遺族は誰が仇か分からなかったのではないですか?」

「ん?そんなの残った俺の匂いで分かるだろう?」


「分かりませんよ!雪光花の強烈な匂いで死体に残った匂いなんて獣人は感じ取れません。」


竜紗は夫を怒鳴り付ける。

「でもどうして龍灯様を?あのゴリラは仇が夫ではないかと疑っていたようですが・・・」

あのゴリラはやっぱり!と言っていた。

「誰でも良かったのか・・・人族の睡眠薬を使えば龍希様が出てくると思ったのか・・・

ああ!申し訳ございません!そうと分かっていれば奥様をあんな危険な目には!」竜紗はまた土下座しようとするので芙蓉は慌てて止めた。

「いえ、それより龍灯様には申し訳ないことを。」


 一番の被害者は無関係なのに殺されかけた彼だろう。


「だか妙だな。殺気を出せば龍灯だって気づいただろうに。」夫は首をかしげる。

「それが・・・あの晩、ゴリラは叔母の仇の話をしていたそうでその敵意だと思ったそうです。雪光花の件を龍灯様も知りませんので、まさか自分に向けられたものとは思わなかったと。」

「ん?それだとまるで俺が悪いみたいじゃないか?」

「そうですよ!」竜紗は夫を睨む。

『もー』

芙蓉は恥ずかしくて仕方ない。



「なあ芙蓉、ゴリラはどうやって一月以上も龍灯を意識不明にしたんだ?」

夫はまだ分かっていないようだ。

「人族の睡眠薬は白い錠剤なのですが、それを砕いて小さな破片をおかきに混ぜて食べさせたのです。龍灯様はおかきに白い塊があったと仰っていましたから。お酒と一緒に食べたなら効果はより強く出たでしょう。」

「いや、薬は苦いだろう?龍灯が気づかないわけが・・・」

「睡眠薬の中にはそれほど苦くないものもございますよ。塩味の強いおかきに、梅酒のロックと一緒に食べれば分からなかったと思います。

ただ、薬の効果は半日から1日で切れます。ですから、今度は口うつしで水を飲ませる際に睡眠薬を一緒に飲ませ続けたのでしょう。」

「執事が気づくだろう、さすがに。」

「気遣いのできる執事なら奥様の口許を凝視しないと思いますよ。」

夫も竜紗も族長も本気で感心している。

「奥様!ありがとうございました!このお礼は必ず私と龍灯様から致します。」竜紗は深々と頭を下げるが、

「え!いえ、とんでもないです。悪いのは夫ですから。」


「龍希様!もう他にはいないですよね?」竜紗は夫を睨む。

「ああ。ゴリラだけだ。」

夫はそう言うが・・・

「あなた、蛙は?」

「ん?蛙?」

「紅葉を見に行った香流渓のお店で・・・」


「あー!やっぱりあれも龍希様ですか!以前聞いたら否定されたじゃないですか!」


「香流渓?あーそういえば。もう随分前じゃないか?」

「なんで嘘ついたんですか!」竜紗はカンカンだ。

「嘘ついた?そうだっけ?もう忘れた。」


夫はたぶん本当に忘れている。


「当時、私のことを隠していらしたからでは?」

「ああ!全くもう!」竜紗は納得してくれたようだが、

「竜紗様。申し訳ございません。」芙蓉は申し訳なくて仕方ない。

「奥様には何の責任もございませんわ。まったくこの方は!」


「あの・・・雪光花のゴリラの件はどうなるのですか?」芙蓉は恐る恐る尋ねる。

「雪光花の出来事をゴリラ族に説明しますわ。如何なる理由があれ紫竜の花嫁に手をだそうとして龍希様が反撃されたのですから非はあちらにございます。あのゴリラ妻がやったことは龍灯様がご判断されます。」

「あなた、龍灯様にお見舞いの品を差し上げましょう。」

「別にいいだろ。そん・・・あ、いや、うんそうしよう!」

芙蓉の怒った顔を見て夫は慌てて同意した。

『もー困った人・・・人じゃないけど』



~紫竜本家 大広間~

 9月末、紫竜本家で会議が開かれた。

「おお!龍灯様はすっかりお体がお戻りに。」

「顔色も!ようございました。」

「皆様、ご心配をおかけしました。」回復した龍灯は立ち上がって頭を下げる。

「全く!半分は龍希様のせいですからね!」

竜紗はまだ怒っているが、


「知るか!文句があるなら、ゴリラの族長から言ってくる話だろうが!」


「それが・・・ゴリラ族は何も知らないと。龍希様が始末したゴリラは乱暴者で有名だったらしく、けんかして返り討ちにあったのだろうとゴリラ族では敵討ちはおろか相手探しすらしていなかったそうです。一緒に死んでいたゴリラの妻たちについても同じで・・・私の元妻もその遺族もゴリラ族長に敵討ちなど求めたこともなかったと。

龍希様がその相手だとどうして元妻は知っていたのか・・・ゴリラ族は全く検討がつかないそうです。」

「んな訳ないだろう!人族の睡眠薬を用意したのはゴリラの実家だろ?」龍希は眉をひそめる。

「いえ、それが・・・そんな薬は知らないと。元妻に贈ったのはおかきだけだそうです。」

龍灯は困った顔で龍希を見る。

「信用できるのか?そんな話」

「実家から妻に届いた荷物は全て事前に竜色(りゅうし)がチェックしておりますので。」

龍灯の言葉に竜色は頷いた。

「じゃあゴリラはどうやって睡眠薬を?」

「今のところ謎ですが、嫁入り道具の中に忍ばせていたとしか・・・でもゴリラ族は人族と取引関係にはないですし、龍灯様を殺すのが目的なら、普通は毒を持ち込むのではないかと・・・」竜色は首を傾げる。


「ああ、妻によれば人族は獣人を殺せる毒を作ってるけど、獣人に売るのは禁忌で人族の商人でも入手できないらしい。それに比べて睡眠薬は安価で獣人相手にも売られているからじゃないかって。」


「さすがは奥様ですね。」

龍灯と竜紗はまた感心しているが、竜色は浮かない顔をした。

「それで、龍灯様、ゴリラ族の処分は如何なさるのですか?」

「元妻家族の首と、金銭解決で終わらせたいと思っております。妻に殺されかけたなど口外できませんし。」

龍灯は龍希を伺うように見る。

「お前が決めたことなら尊重するよ。」

龍希の言葉に龍灯は安堵したような顔になった。


「龍希様と奥様には多大なご迷惑をおかけしました。それに奥様は私の命の恩人です。」

「俺のせいで龍灯が死にかけたと妻に怒られた。龍灯にしっかり詫びてこいって。」

「龍希様の隠し事は今に始まったことではありませんので、奥様はお気になさらないで下さいとお伝えください。

それなのにお見舞いの品まで・・・奥様にばかり気を遣わせてしまって申し訳ないです。あなた様がしっかりされないとまた奥様に嫌われてしまいますよ。」

龍灯はニヤリと笑い、龍希は不機嫌な顔になった。


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