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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第3章 後継候補編
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月見

 9月のある晩、芙蓉は夫と一緒に枇杷亭の池のそばで満月を眺めていた。

子どもたちはもうリュウカの部屋で寝ている。

 夜空に浮かぶ月も池にうつって揺れている月もどちらも綺麗だ。


芙蓉は池の側のベンチに座って温かい生姜湯を飲んだ。三輪が用意してくれたものだ。

 三輪が来てから、食事のメニューが増えた。味噌汁、煮物、漬物など・・・

延さんの食事はとても美味しいのだけど、味付けは塩、砂糖、唐辛子のみで、野菜や魚、お肉の味そのものを大切にしている。というよりも醤油、味噌を知らず、知った後でも食べられないらしい。

そこで延さんが作って三輪が毒見兼味見をして・・・と試行錯誤してくれたようだ。


 延さんの食事に不満はなかったのだが、毎週お味噌汁を飲め、醤油と砂糖で味付けした煮物を食べられると・・・もう三輪がくる前の食事では満足できない。

 夫は醤油も味噌も食べられない。添加物の匂いがダメなようだ。芙蓉にはその匂いは分からないが・・・息子は芙蓉と同じものを食べている。


 夫は芙蓉が食事の変化に喜んでいるのを見て、三輪を枇杷亭の毒見役兼侍女見習いにしてくれた。三輪が芙蓉の近くにくるときには必ずシュンかククが立ち会うようにと言われたが、これまでの毒見役には会ったことがないのでかなりの特別扱いなのだろう。



 その心配症の夫は、芙蓉の隣でお酒を飲んでいる。月明かりに紫色の髪がキラキラ光って綺麗だ。整った横顔とともに見惚れてしまう。 

 ふたりきりでこんなにのんびりと過ごすのは久しぶりだ。

竜琴が転変してから、夫はますます忙しそうで、朝早くに出て深夜に帰宅したり、本家で泊まりがけの仕事をしたり・・・怪我をして帰ったり。

7月の怪我は数日で治ったようだけど・・・

一体何があったんだろう?あの夫が怪我をするなんて。

夫は「仕事で」と言っただけで話題を変えてしまったので芙蓉はそれ以上きかなかった。

知りたがりの妻は嫌われる。

 夫は明日からまた本家で仕事らしい。日帰りできない時には、夫は必ず芙蓉と子どもたちを本家に同行して一緒に泊まるのだ。

シュンによれば、紫竜の中には一泊くらいなら巣に妻子を残して出かけるものもいるらしいが、夫は絶対に嫌だと言う。

二度と独り寝はごめんだと涙目で言われては・・・芙蓉は夫に同行するしかない。


「芙蓉。」

左肩を抱く夫の手に力が入り、身体がさらに密着する。

夫の吐息を額に感じて芙蓉の頬は赤くなった。

「もう少し寒くなったら、また雪光花を見に行こうな。」

「え?でも子どもたちは平気でしょうか?」

「俺だって子どもの頃、毎年行っていたから平気だよ。それとも他に行きたいところがあるか?」

「いえ、旅行なんてしたことがなかったので・・・」

 またあの可愛らしいいい匂いのする花を見れるのは嬉しい。もうゴリラはいないよね・・・あの血みどろの光景を思い出して芙蓉は身震いしてしまった。

「どうした?寒いか?」夫が心配そうな顔になる。

「大丈夫です。」

芙蓉の作り笑顔だと分かったのか、夫は芙蓉を抱えあげて寝室に連れて行った。



 翌日、夫に連れられて本家に行くと、客間に竜湖と竜紗がやってきた。

竜紗は前よりも顔色がましになっている。

 夫は眉をひそめると2人と廊下に出て何やら話し始めた。

芙蓉が竜琴のオムツを替え、子どもたちと遊んでいると渋い顔をした夫が戻ってきた。

「芙蓉、すまないが・・・ちょっと手伝ってくれないか?」

「え?はい。私にできることがあれば・・・」

どうしたのだろう?

「ごめんね芙蓉ちゃん。子どもたちは私が見てるから、龍希と竜紗の仕事を手伝ってちょうだいな。詳しくは竜紗から説明するから。」



芙蓉は族長の執務室に連れてこられた。

「奥様。申し訳ございません。どうぞおかけください。」

竜紗に椅子をすすめられ、夫の隣に座る。向かいに竜紗、その隣に族長が座ると、竜紗が話し始めた。

龍灯(りゅうとう)様についてのご相談なのですが・・・」

「龍灯様というとヘビの奥様の?」

「はい。ヘビの妻とは離婚して今はゴリラ族の妻がおります。その龍灯様はつい最近まで一月以上意識不明だったのです。」


「え!1ヶ月も?ご病気ですか?」


「いえ、ずっと原因不明だったのですが・・・以前、奥様に人族の睡眠薬なるものを教えて頂き、もしやと思って、寝ている龍灯様に飲ませていた水を変えたところ、10日ほど前に目を覚ましたのです。」

「まあ・・・」

「ただ龍灯様は全く心当たりがないらしく・・・人族の薬など手にしたこともないと申しており、誰かに一服盛られた可能性がございます。それで、奥様にも龍灯様のお話を聞いて頂き、人族の薬がどうやって使われたのか教えて頂けないかと思いまして・・・」


「ええ・・・」


芙蓉は困ってしまった。

そんな医者のようなことはできない・・・だけど龍灯といえば桜の木の件で夫に殴られた人・・・じゃない竜だったはずだ。何もしないのも申し訳ない。


「お力になれるかは分かりませんが、お話しをお聞きしてみます。」

「ありがとうございます!龍灯様は本家の客間で療養しておりますので、ご案内致します。」


 夫が渋い顔をしていた理由が分かった。他の雄に芙蓉を会わせるのが嫌なのだ。

それでも夫がしぶしぶ許したということは・・・かなりの一大事に違いない。


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