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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第1章 枇杷亭編
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シリュウ香

「あれから3週間、もう11月か・・・」

芙蓉は食堂のカレンダーを見ながらつぶやいた。


今日は延の手伝いだ。厨房の隅で芙蓉は調味料の入った瓶のラベルを張り替えていた。猿のコックは料理の腕は一流だが、それ以外の作業は苦手らしい。

それに芙蓉の字は読みやすいと使用人たちから好評だった。

というよりも、疾風とタタ以外は字が書けないらしい。その疾風とタタもひらがなとカタカナしか書けないようで、芙蓉が漢字の読み書きまでできると知るや書類仕事を任せるようになった。



そのおかげで芙蓉はいろいろなことが分かった。

この屋敷はやはり枇杷亭びわていという名前らしい。

ではこの枇杷亭はどこにあるのか・・・芙蓉はいまだに分からない。タタの言いつけを守って庭にすら出ていないので探りようがない。まあ場所が分かったところで芙蓉には他に行くあてもないのだが・・・


それから、若様はシリュウ香という商品だけを扱っているようだ。伝票によればシリュウ香は一つ10万円もする高級品だ。


そして、そのシリュウ香とは

若様が毎晩、寝室で焚いているアロマキャンドルのことらしい。

芙蓉はそれを知った時、思わず悲鳴をあげてしまった。

一晩で10万円・・・金銭感覚が狂っているとしか思えない。

 

しかしシリュウ香はどこから仕入れてきているのだろうか?


タタから頼まれる帳簿にはシリュウ香を売った伝票はあるが、仕入れの領収書はない。


それに若様は商人なのにこの3週間で外出したのは芙蓉が来た翌日と今日の2日だけで、普段は執務室に籠って仕事をしていた。

薬屋をしていた父と兄は仕入れや配達、取引先との親睦会などで週の半分は店におらず、母と芙蓉が店番をしていたのに・・・


執務室にその秘密があるのかもしれないけど・・・芙蓉は寝室には毎晩呼ばれるが、執務室にはまだ入ったことがなかった。

掃除係のナナですら執務室に入ることを許されておらず、疾風かタタしか入れないらしい。



それに驚くべきことに枇杷亭には芙蓉の他に妾はいないようだ。タタは年配で成獣した娘が居ると言うのでまあ分かるが、ナナとニニは若いのに・・・話している限り若様と関係を持っている様子はない。


芙蓉は早々に若様に飽きられて捨てられると思っていたのに、今のところ若様は新しい女を連れてくることもなければ、夜に外に遊びに行くこともない。毎晩、芙蓉を寝室に呼ぶのだ。


まあ、人が物珍しいだけだろうが・・・芙蓉は相変わらず怒鳴られることも殴られることもない。

複数人の相手を同時にさせられたり、道具を使ったりというような変な性癖もないので、遊郭の客と違って若様との行為には嫌悪感は感じない。

むしろ、若様は日に日に上達しているので困っている。演技する必要もないほど声が出て喉が枯れそうだ。

これだけ上達すれば遊郭でも楽しく遊べるだろうに・・・若様はなぜ出かけないのだろう?



それとも再婚の話でも進んでいるのだろうか?


若様は芙蓉の2つ上22歳と言っていた。若くて稼ぎもいい商人なのだから、再婚話には困らないと思うのだが・・・人間と獣人では違うのだろうか?

でも侍女たちは皆、若様に早く再婚してほしいとため息をついてたし・・・若様が毎晩芙蓉に相手をさせているのは次の妻を喜ばせるための練習なら納得できる。


おしゃべり好きのニニによれば、若様は初夜に前妻と大喧嘩してそこから家庭内別居状態だったらしい・・・性欲の強い若様には相当苦痛な結婚生活だったに違いない。


でも、なんでそんな大喧嘩になったんだろう?


若様は芙蓉にはとても優しい。夜伽の相手をしている時も、その後も。

芙蓉の身体を気遣ってくれ、優しい言葉までかけてくれる。口説き文句に聞こえなくもないが、芙蓉なんかを口説くわけがない。芙蓉は身のほどをわきまえている。


若様のいう通り、前妻は若様が側室腹の次男坊なことが許せなかったのだろうか?

前妻がどんな人・・・じゃない獣人だったのかは誰にも訊けない。



「芙蓉。ちょっと来てくれ!これはなんて読むんだ?」


延に呼ばれて芙蓉は我に返る。


『今は侍女見習いの仕事中だった!』


「はい。」

芙蓉はペンを置いて立ち上がった。


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