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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第2章 夫婦編
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族滅

その晩、芙蓉は眠れなかった。

横にいる夫の寝顔をぼんやりと見ていた。


芙蓉は運がよかったのだ。見た目が人とそっくりの優しい夫と出会えたのだから。夫の見た目が獣人だったら、例え中身が同じでも芙蓉は受け入れられなかっただろう。

いや、それ以前に夫は遊郭に入れなかったはずだ。芙蓉がいた店は町で唯一、客の身分証を確認しない劣悪店だったが、それでも一見して獣人なら絶対に入れない。獣人との性交は死刑、その斡旋、協力をした者は家族もろとも死刑だ。

獣人に人間の奴隷を売ることも死刑。それに闇商売なんて人のリスクの方が大きいのに・・・夫の話では方々の町で行われているらしい。


一体、人の世界で何が起きているのだろう?


芙蓉が夫と結婚して子どもを産んだから?

でも、それを獣人が真似たって子どもは生まれやしない。子を産めない妻は無価値だろうに・・・

ダメだ、考えたって獣人の考えなど分かるはずがない。

そう思うのに・・・芙蓉は眠れなかった。



翌日、芙蓉たちは予定どおり枇杷亭に戻ってきた。

「明日は本家に行ってくる。」

夫はまた険しい顔になる。


おそらくカモメの話をしに行くのだろう・・・


「旦那様。カモメついでに新しい毒見役のこともご報告を。」


シュンが夫に促す。

「え?わざわざご本家に?」


芙蓉は不安になった。

そんな大事なのだろうか?


「はい。使用人の増減は一族で共有するきまりです。」

「そうなのね・・・」

「まあ、使用人どころか奥様を隠していた方がおりましたが」

シュンに睨まれて夫は目をそらした。


そういえば、どうして夫は隠していたんだろう?

どうやら初めから妻として連れて来られていたらしいけど・・・芙蓉も枇杷亭の使用人たちも知らなかった。

いや、確かに結婚するなら長男がいいとかそんな話はしたけど・・・遊女のリップサービスを本気にされるとは・・・まあもうどうでもいい。

夫の隠し事だっていつものことだ。


それよりも・・・


『本当によかったのかしら?』


三輪のお願いは全く予想外だった。

でも、あの娘を人の町に戻しても、おそらく人族の奴隷商人にさらわれて、獣人に花嫁として売られて・・・

そう聞かされると悩んでしまった。

それなのに夫は


「どうする?芙蓉が要らないなら、適当に人族の町に捨ててくるぞ。」


なんて容赦ないことを言ったのだ。

芙蓉には出会った時から優しいのに・・・


それにまっすぐに芙蓉を見る覚悟を決めたような目を見てかつての自分と重ねてしまった。


「もう、二度と人と関わるつもりはなかったのに・・」


芙蓉はリュウカの部屋の窓から見える夕日に向かって呟いた。



~紫竜本家 大広間~

その翌日、紫竜本家では緊急会議が開かれていた。


「はあ?カモメが?」


「奥様と若様、姫様はご無事ですか?」


「カモメ族は人族と揉めていると聞きましたが、奥様は無関係ですよね?」


「人違い!?奥様についた龍希様の匂いが分からなかったはずがないでしょう!」


「いや、藍亀の島ならありうる話では・・・カモメは鼻が弱いのか?」


「人違いが事実かどうかはどうでもいいでしょう。如何なる理由があれわが一族の妻を殺そうとするなど許せませんよ。」


「人違いの原因となった人族の娘は?」

「え!奥様の毒見役に?」


龍希の妻が殺されそうになったという珍事に会場中大騒ぎだ。

「龍希様、カモメの落とし前はいかがされます?」


「あ?皆殺し以外の選択肢があるか?」


怒気を含んだ龍希の声に、一瞬でしんとなる。


「龍栄、お前の意見は?」

族長が龍栄を見る。

「龍希殿と同意見です。人違いで紫竜の花嫁を殺そうとするなど言語道断です。」

龍栄は即答した。


「龍栄様もそう仰るなら・・・」


龍栄派は驚きながらも頷いている。

「あの・・・カモメ族に嫁いだ他種族はいかがされます?」

恐る恐る尋ねたのは竜色(りゅうし)だ。


「藍亀はカモメ以外は勘弁してやってほしいと。妻か婿に藍亀の眷属もいるのでしょう。いかがされますか?」


龍栄が龍希を見る。

「亀の意見はどうでもいいが・・・他種族には1日だけ猶予をやります。カモメの巣に残った奴らは知ったこっちゃない。」

龍希の言葉に何人もがほっとした表情になる。

「反対意見はあるか?」

族長が会場を見渡す。

「ならば決まりだな。決行は3日後だ。」



7月のある暑い日、北の港町では人々がポカンとした表情で海の上の空を見ていた。


ここ数日、カモメの獣人たちの姿が見えず、昨日はカモメの島々からカモメとは違う鳥の獣人たちが飛び立っていった。


カモメの島で何か起きている・・・そう思って警戒していたのだが・・・


今日は朝からよく晴れた空だったのに突然、凄まじい雷鳴がいくつも聞こえた。人々が慌てて外に飛び出して見ると、いくつかの島のにだけ雷が落ちている。


人々は目の前の光景が信じられない。


「なあ・・・あの島はカモメの根城じゃないか?」


「そうだ!あっちの島もカモメどもの・・・」


「なんで?まるで雷が島を選んで落ちてるみたいだ」


「んなバカな・・・と言いたいが」

「この町に住んで60年、こんな雷はみたことねぇ」


「なんでカモメどもは雷に驚いて出てこないんだ?」


「ん?そういや1匹も飛んでないな。」

「もう逃げたんじゃないか?獣人どもは野生の勘が鋭いから。もう二度と戻ってこなけりゃいいのに」

「だなー。カモメどものせいでろくに船もだせやしないし、町の防衛費もかさんでる。」


この日以降、この海からカモメの獣人が消えた。


カモメと対立していた港町の人々は喜び、再び船を出してカモメに占拠されていた島々に足を踏み入れたが・・・雷が落ちた島々は木が一本もなくなり、全てが真っ黒焦げで、灰の山になっていた。

とても島として利用できる状態ではなく、人々は諦めた。



さらに、カモメの獣人が居なくなったことで海の生態系は乱れ、空には見たこともない様々な種類の鳥の獣人たちが飛んできたのだが・・・

その鳥の獣人たちが港町の人々を襲い始めたのだ。


人族のせいでカモメがシリュウの怒りを買った!


鳥たちはそう言いながら無差別に町の人々に襲いかかり、船を建物を破壊した。

カモメの比ではない容赦ない攻撃に人々は海どころか家の外に出ることもままならなくなった。


人々は怯えた。


なぜこんなことになったのか?


誰も分からない・・・

だが、この異変の数日前に船を出した三輪の長姉の夫が原因ではないかと誰かが言い出したことで、人々の苛立ちと焦りはこの夫家族に向き、一家全員がリンチされ、外に晒された遺体はあっという間に鳥の獣人たちに食いつくされた。


さらにその一年後にはこの港町は鳥の獣人たちに滅ぼされるのだか・・・この顛末を芙蓉も三輪も知らない。

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