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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第2章 夫婦編
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カモメの人違い

 芙蓉は再び藍亀の島の砂浜に出ていた。昼食後に夫と子どもたちと砂浜に出てすぐ、息子が倒れていたあの娘を見つけてドタバタしていたらもう夕暮れだ。

 息子は歓声をあげて波打ち際で遊んでいる。海水は冷たいだろうに・・・全身ずぶ濡れになっている。まあ朱鳳のストールを身体に巻き付けておいたので風邪をひくことはないだろう。あの不思議なストールは身に着けているだけで温かく、しかも水にぬれないのだ。

 娘も海に興味津々だがまだ一人で歩けないので、夫が裸足になって海に入り、娘の足を海につけたり、夕日に照らされた海面スレスレまで娘の顔を近づけたりしている。


 芙蓉は少し離れたところでベンチに座って、その様子を見ていた。

『まさかこんなところで同族と会うとは思わなかった。それも同年代の娘と・・・』

ここに放っておいたら藍亀の使用人たちに食べられるだろうと言われれば、さすがに見殺しにはできなかった。

『あの娘も可哀想に・・・』

身寄りがなくなった若い娘が一人、町に戻っても・・・どんな目に遭うかは想像に難くない。だが芙蓉には何もできない。

もう二度と人族の世界に関わるつもりもないのだ。

 

「夕日がまぶしいわね・・・」

芙蓉は目を細めてベンチから立ち上がると、石の山の陰に向かって歩き始めた。

「奥様!これ以上旦那様と離れては危険です!」シュンが慌てて追ってきた。

「大丈夫ですよ。紫竜の花嫁に手を出すバカはこの島にはおりませんわ。」ククは落ち着いてついてくる。

「いいえ!海の奴らは信用なりません!」シュンは珍しく怖い顔をしている。

「もう・・・相変わらず鳥族と海の種族は仲が悪いのですね。藍亀の使用人たちですよ。」ククは苦笑いする。

「そうなの?」芙蓉はシュンを見る。

「はい!馬鹿で野蛮な奴らばかりですから。カモメもダメです。奴らは鳥族でありながら海に毒されてバカになってますから。」シュンは吐き捨てるように言う。

『ほんとに嫌いなんだ・・・じゃあ藍亀に乗らなかったのも・・・』


芙蓉が考え事をしていた時だった。頭上を何かの影が通り過ぎた。

「奥様!」

「え?」

振り向く間もなく芙蓉は顔から地面に倒れた・・・いや倒された。

悲鳴をあげたククがタックルしてきたのだ。

「いた・・・なに?え・・・」

芙蓉が上体を起こしてククの方を見ると・・・

数秒前まで芙蓉が居たところに1メートル近くある銛が4本も突き刺さっている。

芙蓉は真っ青になった。

「見つけた!人族の娘!」

「邪魔するな!犬!」

頭上から怒りの声がする。

「カモメども!なんのつもりです!」

シュンが羽を広げて上空にいるカモメの獣人たちに怒鳴る。

 4匹のカモメは鳥の足に銛を握ってまた投げようとして・・・


「き・・・」

芙蓉が悲鳴をあげる前に凄まじい雷鳴が響き、雷が空のカモメたちを直撃した。

 真っ黒こげになったカモメたちは地面に落ちる前に灰になって海風に吹かれていった。

「芙蓉!」

真っ青な顔をした夫が裸足で駆け寄ってきた。

「大丈夫か?けがは?」

「あ・・・だい・・・丈夫です。ククの・・・おかげで・・・」

本当は膝と胸を砂浜に打ち付けて痛いが・・・そんなことを言えばククも雷に打たれかねない。

夫は芙蓉のことになると人が変わったように残酷になるのだ。

「顔が真っ青だぞ!」

「雷の音に・・・ビックリして・・・」

まだ心臓がバクバクしている。

それにあの光景も・・・ゴリラの時のように気絶しなかった自分を褒めたい。

「あ!すまん」

夫は芙蓉を両手で抱きかかえるが・・・

「え?竜琴は?」

夫が抱っこしていた娘はどこ?

ピー

ピー

2匹の小竜が砂浜の方から飛んできた。

「よかった・・・」息子と娘は無事のようだ。


「枇杷亭の旦那様!何事ですか?」亀黄が走ってきた。

藍亀の使用人であるカニや魚の獣人たちもわらわらと集まってくる。

まああれほど凄まじい雷鳴だ。

島中大騒ぎになってしまった。



~藍亀の巣~

「ふざけるな!」

夫は顔を真っ赤にして土下座するカモメの獣人を怒鳴りつけている。

その2歩後ろに立つ龍栄もなんとも怖い顔をしている。

普段の優しい笑顔からは想像もつかない。

 藍亀の族長夫婦と幹亀は両腕を組んで座ったまま、その様子を見ている。


「ま、誠に申し訳ございません。われらの海を侵した人族の娘と間違えたようでして・・・紫竜の奥様と分かっていれば、け・・・決してこんな非礼は・・・」震えあがって小さくなっているカモメの族長は土下座したまま小さな声で詫びる。

「知るか!俺の妻によくも!キサマの種族は1匹も生き残れると思うなよ!」

「どうか・・・私と、非礼を働いたものたちの家族の命でご勘弁を・・・族滅だけは!どんなお詫びでも致します」カモメの族長は恐怖のあまり泣き出している。

「ああ?詫びですむ問題じゃねえよ!」

夫は怒気を含んだ声でカモメに凄む。

子どもたちを竜縁に任せて客間に置いてきてよかった。

芙蓉ですら夫の顔と剣幕が怖くて泣きそうだ。

「まあまあ、龍希殿・・・儂らの島でカモメを殺すのは勘弁しておくれ。それに、ほれ!お前さんが恐ろしい顔で怒鳴るから奥方が困っておるぞ。」藍亀の族長がいさめる。

「え!あ、芙蓉。すまん。」

夫は振り返って芙蓉を見ると驚いた顔になり、ふーと息を吐くと芙蓉からは顔の見えない場所に移動して、またカモメを睨み付けている。

「まあ一度、一族にカモメ族の処分を図りませんと。独断で族滅させるわけには参りません。」龍栄は、夫をいさめるのかと思いきや、同じことを言っている。

「やっぱり族滅になります?」亀白が恐る恐る尋ねる。


「当然です!」


夫と龍栄は即答した。

『え・・・そこまでしなくても・・・』

芙蓉はそう思っても、激怒している夫たちが怖くてとても口を出せない。

 それに・・・ククが守ってくれなかったら、人違いで串刺しにされていたと思うとカモメをかばう気にはならなかった。


「そんな・・・藍亀様!」カモメの族長は縋るように亀たちを見る。

「お前たちは儂らの眷属ではないからなあ。まあ族滅となると他の海の種族に影響が出るから儂らも困るが・・・紫竜の花嫁に手を出したとなるとかばいようがない。それも儂らの島でとなると尚更だ。わが一族も大迷惑をかけられとる。」藍亀の族長ははっきり言った。

「ただ、どうかカモメ族に嫁いだ他種族たちはどうかご勘弁を・・・」幹亀が恐る恐る口を開いた。

「一族と相談します。」夫はカモメを睨んだまま答える。

幹亀は族長夫婦をちらりと見たが、それ以上は何も言わなかった。明らかに夫たちに怯えている。



「あなた、私はもう大丈夫ですから。」

夫は芙蓉を抱き抱えたまま、廊下を歩いている。自分で歩いて客間に戻れると言ってるのに・・・

あの後、夫は芙蓉を抱えたまま離さず、唯一芙蓉を解放したのは、カモメ族長を怒鳴っている間だけだった。

「俺が少し目を離したせいで・・・怖い思いをさせた」

「いえ、そんな。まさかカモメに襲われるなんて・・・」

「あの人族と間違えたんだろ。あいつも殺すか?」

「いえ、あの娘は無関係ですわ。でも藍亀の島まで追いかけてきて殺そうとするなんて・・・そんなに人族と険悪なのですか?」

芙蓉は不思議で仕方ない。

「去年の秋ころから、人族が方々で獣人にけんかをふっかけてるんだ。あの雌が言ってたろ。取引を一方的に破棄してるって。」

「ああ・・・獣人相手の人身売買は極刑ですから・・・でも人族の奴隷を獣人が欲しがるなんて・・・なんでまた?」

「芙蓉は最高の花嫁だからな。他の奴らも人族の妻を欲しがってるんだ。」

「はい?」

芙蓉は驚いて夫を見る。

「いえ・・・あの・・・だって獣人の子は生めないですよ」

「ん?そうなのか?」

「はい・・・妻にする価値なんてないはずです・・・」

「今、人気なのは確かだ。特に芙蓉と同じくらいの若い娘は高値で取引されてる。」

「そんな・・・じゃあ私のせいで・・・」

芙蓉は真っ青になる。

「ん?どうした?どこか痛むのか?」

「いえ・・・私はそんなに有名なのですか?」

「ああ。いまや知らない奴の方が珍しいんじゃないか?」

芙蓉は言葉がでない。


私のせいで娘たちは獣人に売られて・・・そんな・・・

芙蓉は想像して吐きそうになった。


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