思い出の香水 後編
~三輪の客間~
予想通り、お茶会では芙蓉さんと自由には話せなかったけど、三輪は晴れ晴れとした気持ちになっていた。
お茶会を終えて客間に戻ると、夫が待っていた。
どうやらお茶会の間にアイーダの嫌がらせは族長や夫たちの耳にも届いたらしく、夫は白鳥と龍灯に怒っている。
「もう、あなた。芙蓉さんがやり返してくれたから私はもう気にしてないの。」
「三輪も優しすぎるんだよ。龍灯の頼みだから三輪にも頼んだのに!族長の奥様のことも三輪のこともなめやがって」
夫は珍しく口まで悪くなっている。
まあ仕方ない。
三輪がアイーダの侍女に殺されかけた事件で、夫は龍灯に白鳥妻との離婚を進言するほどキレていた。
龍灯は一時期は離婚が決まったと噂されていたけど・・・
「あなたにも見せたかったわ。白鳥の青い顔。私はテーブルの下でガッツポーズしちゃったもの。
芙蓉さんはやっぱり素敵。」
「・・・三輪は本当に気にしてないみたいだからいいけど・・・あ!そうだ。」
夫は鞄からピンクの巾着袋を取り出した。
「なあに?」
「族長の奥様から三輪にプレゼントだって。今日のお茶会に参加した白鳥妻も同じものをもらったらしいよ。」
「え?プレゼント?」
芙蓉さんはどうしてお茶会で渡してくれなかったのだろう?
三輪は疑問に思いながらも巾着袋を開けた。
中にはシンプルな小瓶が一つ。
中には透明な液体が入っているけど、ラベルも何もない。
三輪は瓶の蓋を開けて液体の匂いを嗅いでみた。
「え?芙蓉さんの桜の香水!?」
三輪はすぐに分かった。
三輪がまだ侍女をしていた時によく嗅いだ匂いだ。
族長からボーナスだと同じ香水をもらったこともある。
「懐かしくない?三輪も昔つけてたよね?」
夫はもう機嫌が直って笑顔になっている。
「うん。でもなんでこれを私とアイーダに・・・あ!お揃いの真珠の代わり?」
三輪はピンときた。
「流石だね。」
夫は嬉しそうだけど、
「あんな白鳥にはもったいない」
三輪はつい言ってしまった。
「全くだよ。」
夫も同意してくれた。
「あ~でも本当に懐かしい。」
三輪はお茶会で使わなかったハンカチに香水をひとふきして香りを楽しんだ。
「身体につけないの?」
「今は別の香水つけてるから。・・・というかあなたはこの香水嫌いじゃないの?」
「え!?なんで?」
夫は不思議そうだけど、
「だって・・・私は気にしてなかったんだけど、元は族長からもらったものだったから。」
「知ってるよ。三輪が結婚前に教えてくれたからね。それより、なんで俺が嫌いだと思ったの?」
「え?夫以外の男の人・・・じゃない族長からのボーナスだから」
「え?なんでそれで嫌いになるの?」
夫はキョトンとしている。
「あれ?」
三輪は困った。
三輪は嫁入りの時に桜の香水を持ってきて結婚後もよく使っていた。
それがなくなりかけた頃、夫に頼もうと思ってクーラに相談したら、結婚前とはいえ他の雄竜から贈られた物をねだると、夫は嫉妬するかもしれないと言われ、三輪は諦めたのだ。
あの頃には沢山の香水もあったので、別に桜の香水がなくても困ることはなかった。
それからまもなく双子が産まれて香水どころではなくなったし。
「あ~人の世界ではそういうのを嫌う男もいるから、私が勘違いしてたみたい。
双子が産まれて香水を気にする余裕もなかったし。」
「そう?三輪が嫌じゃなかったら今夜つけて欲しいな。」
「え?うん。」
こんな夫からの頼みは初めてだ。
まだ日も暮れていないのに・・・三輪は少しだけ顔が熱くなった。
夫はしばらく帰って来なかったし、昨日の晩は龍月が夜泣きをしたから途中で終わってしまったので、夫は欲求不満なのかもしれない。
「ふふ。今度はあなたに買ってもらおうかな。この香水は元は大きな瓶に入ってるから、こんな小瓶に・・・あ!」
「え?三輪?どうした?」
「小瓶!あ!あああ!!」
「え!?何?この小瓶がどうしたの?」
「思い出した!あの小瓶!?もしかして!?」
「え!?何?」
夫は困惑した顔だけど、三輪はまだ衝撃を受けていた。
「昔、族長からもらった香水瓶は大きくて、本家まで持って行くのは大変だなって思ってたら、タタさんが小瓶を分けてくれたの。それに香水を移して・・・ねえ、あの小瓶かも。
私の記憶喪失を治してくれた・・・」
「え!?あ!」
夫も分かったらしい。
「え!?でもなんであんな場所に埋まってたの?」
「分かんない。あの小瓶は・・・どこに行ったんだっけ?嫁入りの時にはもう持ってなかったかも。」
三輪はそこは思い出せない。
それに疑問はほかにもある。
「でもなんであの小瓶が?あなたとのあの思い出には関係ないのに。」
亀青の指定した品はどれも三輪の大切な記憶と深く関連したものだったけど、あの小瓶が香水瓶だとしても夫は何の関係もない。
「あの時、三輪は温室に入ってたよね。その時に落としたのかい?」
「ううん。仕事中に香水瓶は持ち歩かなかったわ。鍵をかけた部屋においてた。持ち歩いたら盗まれるからってタタさんに言われたから。」
三輪はこのことははっきり覚えている。
「そう?まあ、もうどうでもよくない?
記憶は戻ったんだから。それよりあの香水ってどこで売ってるのかな?」
「よくない。あれはどれも大切な思い出だった。香水瓶にまつわる思い出もあるのよ、きっと。私はまだ忘れてるのかも・・・ねえ。今から温室に行きたい。」
三輪はなんだか心がゾワゾワする。
何か大切なことを忘れている・・・そんな気がしてきた。
「え?うん、妻の頼みなら。」
夫は乗り気ではなさそうだけど、付き合ってくれるらしい。
「待ってて。着替えてくる。」
さすがにお茶会のドレスのまま温室には行けないので、三輪はクーラの待つ着替えの部屋に移動した。
~本家 裏庭~
「わ~なにここ!?」
三輪が着替えている間に双子が客間に帰ってきたので、裏庭まで一緒に連れてきた。
娘はまだ竜琴様たちと遊んでいるらしい。
「ママは用事があるんだ。2人で木登り競争してごらん。」
夫が双子を促して離れてくれた。
三輪は久々に裏庭にきたけど、ここでの思い出といえば結婚前に夫に遭遇して、その後温室で倒れているコックの延を見つけたことくらいしかないのだ。
裏庭に来たのも片手で数えるほどだし。
香水瓶を持ってきたことなんてない。
なのに、なぜか三輪の香水瓶は温室の地面から見つかった。
三輪は温室に入ってみた。
中には誰もいない。
この温室は昔ほどは使われていないようで、野菜やハーブが植えられているのは出入口に近い一画だけになっている。
三輪の香水瓶が見つかったのはどこだっただろうか?
畑の一画以外は掘り返された土の上に所々枯れた植物やごみが積まれており、ここはもう温室の畑というよりごみ捨て場だ。
「ママ~」
「マ、マ」
双子の息子たちが温室に入ってきて駆け寄ってきた。一歩遅れて夫もついてくる。
「なにしてるの?」
「なに、ここ?」
「温室よ。ねえ、2人とも植物以外の匂いってする?」
息子たちには悪いけど、三輪は今は思い出したいのだ。
2人には遊んでてもらいたい。
「なにーなんのにおい?」
「たからさがし?」
双子の息子は温室の中をさがし回り始めた。
宝なんて隠してないけど、まあすぐに別の遊びを始めるだろう。
「三輪、ごめん。温室の中?何か思い出したの?」
夫がとなりに来た。
「ううん。温室の中の思い出なんてあの時だけ・・・のはずなの。香水とは関係ない。」
「そう?あの時も三輪は桜の香水をつけてたよね」
「え!?そうだっけ?」
三輪は覚えてない。
藍色の空間で再生された思い出は夫と偶然遭遇したシーンだけだった。匂いまでは分からないし、それに続いて何か会話をしていた記憶はあるけど、三輪はもう会話の中身までは覚えてないのだ。
「そうだよ。三輪の匂いのことは俺はよく覚えてる。あの時に、族長からボーナスでもらったって教えてくれたよ。」
夫は自信満々だ。
「そうだっけ?ダメね、私。あの時のことすら全部はちゃんと・・・」
「ママ!みつけた!」
「あった!」
双子の息子が騒ぎだした。
「なんだ?おい!?何持ってんだ!?」
夫も驚いている。
三輪が見ると、龍星が泥だらけの塊?を持っている。
2人とも泥だらけなので何かを掘り出したらしい。
「ちょっ!?ヤダ!捨てなさい。何よそれ!?」
「おたから~」
「みつけた!」
双子はなぜか喜んでいる。
「なにがお宝だよ。汚いだろ!なんだそれ?」
夫は双子に駆け寄っていく。
「りゅうゆーのにおいする」
「りゅうけいおじさん」
「え?」
三輪も子どもたちに駆け寄った。
夫は龍星から泥だらけの塊を受けとり、匂いを嗅いでいる。
「確かに龍景と龍結の匂いがついてるけど、なんだこれ?捨てたおもちゃか?こんな場所に?」
「おもちゃ?」
三輪は泥だらけの塊には触りたくないので、顔を近づけて見てみたけど、これは何だろう?
ぬいぐるみ?
いや、ブランケットか小さな布団!?
「あ!」
三輪ははっとなって夫から泥だらけの塊を奪い取った。
「み、三輪!?汚れるよ!?」
夫は驚いているけど、三輪は構わず塊を片手で持って反対の手でバシバシ叩いて泥を落とした。
そういえば、ユリさんから聞いたのだ。
本家で失くしものをしたと・・・
この大きさに、この形は・・・
「あった!やっぱり!」
泥が落ちて、うっすらと鳥が現れた。
「あ~」
「とりさん!」
息子たちも気づいたようだ。
何せ2人も同じ物を持っているのだから。
夫も気づいたようで、口をあんぐりと開けて驚いている。
なんでこんな場所に埋められていたのだろう。
やはりこの温室には何かあるようだ。




