思い出の香水 前編
~族長執務室~
「戻りました。」
昼過ぎに龍緑が紫竜本家に戻ってきた。
「ご苦労さん。解放軍に引き渡せたか?」
「ユタカは匂いがとれるまで町の外にいるというので、望みの場所まで送っていきました。」
「大丈夫なのか?」
龍希は思わず眉をひそめた。
「・・・一時間ほどで仲間らしきカラスが飛んできていましたから大丈夫かと」
龍緑は律儀に一時間も見守っていたらしい。
やはり送迎係に選んで正解だった。
「ようやく肩の荷がおりたぜ。
あ!そうだ。龍海の謹慎はいつまでにしたらいいと思う?補佐官たちの意見を聞いてんだ。」
「・・・私は意見を出すのを辞退します。冷静な判断ができませんので。」
「構わん。龍灯ももう許してやってくれとしか言わなかった。」
「私まで共犯と疑われて迷惑なんで一生閉じ込めといてください。」
「・・・」
龍希は呆れたが、龍緑はマジだ。
「お前は相変わらずだな。龍海は必死でお前を庇うのに」
「私は族長の怒気から自分を守ることすらままなりませんので・・・」
「疑って悪かったよ。詫びと褒美に好きな酒おごってやるから、機嫌直せ!な!」
龍希は執務室の酒棚を指差した。
「詫びと褒美に1本ずつ選んでいいですよね?」
「ちゃっかりしてんなあ。好きなの選べ」
龍緑は不満そうな顔のまま酒棚に寄って行った。
コンコン
「失礼します」
龍灯がやって来た。
「お!龍緑、帰ってたのか?」
「はい。今、族長に報告したところでした。」
「お疲れさん。そうだ!明日、族長の奥様と俺の妻がお茶会をするだが、龍緑の妻も一緒にどうだ?」
「え?いや・・・私はやっと今夜から自分の巣に帰れるので明日はゆっくりしたいんですが・・・」
龍緑は嫌そうだ。
「一緒に本家に泊まればいいだろ。頼むよ。妻の機嫌が悪いのはお前にも原因があるんだから・・・」
「悪いのは龍空です!」
「ん?何かあったのか?」
龍希にだけ分からない。
「え?竜礼からお聞きになってないですか?
龍緑の妻が、龍空の結納品の買い物を手伝ったことが白鳥族で話題になってまして・・・俺の妻が嫉妬してるんです。
なんでも族長の奥様がお持ちの宝飾品と似た物を龍緑の妻直々に選んだとか。」
「そうなのか?」
龍希は意外に思って龍緑に尋ねた。
「妻と人族町で買い物中に偶然遭遇しまして。あいつが馴れ馴れしく妻に頼んできたんですよ!」
「おいおい。酒瓶を握り潰すなよ。」
さらに機嫌の悪くなった龍緑に、龍灯が駆け寄り酒瓶を奪いとった。
「たまには俺がやるよ。頼むよ~龍緑
族長の奥様はまだお元気がないらしいんだ。同族の奥様も一緒の方がいいに決まってる。」
「なら龍景の妻でもいいでしょう?」
「龍景の妻は別荘に駆り出されたばかりなんだ。」
「知りませんよ。別に族長命令じゃなかったんでしょう!?」
「ああ。俺は頼んでない。妻の茶会も夫竜の判断に任せるが・・・確かに芙蓉は落ち込んだままなんだよな~
龍緑は断ったなんて聞いたら、さらに落ち込むかもな~」
「なら俺のことは奥様には言わなければいいでしょう?」
いつもなら折れてくる龍緑も、今日は言い返してきた。
相当機嫌が悪いのだ。
「分かった、分かった!明日は睡蓮亭で休んでいい。」
龍希が折れることにした。
「どうぞ、族長」
龍灯がグラスに入れた酒を持ってきた。
龍緑はかなりいい酒を選んでやがる。
「ああ。龍緑への褒美だから多めに飲ましてやってくれ。」
「あれ?そうだったんですか!?承知しました。龍緑、先に飲めよ。」
「いえ、さすがに龍灯様より先にはのめません。」
「律儀だなあ。」
龍灯は機嫌の悪い龍緑を前にしてもいつもどおりヘラヘラしている。
「あ!そうだ!用事を忘れるところだった。
族長、あれ下さい。」
龍灯は急にそう言ってきたが、
「あれってなんだ?」
龍希には心当たりがない。
「え!?竜礼から預かってませんか?」
「何を?」
「え!?いや、俺も詳しくは・・・明日のお茶会前に族長からもらっとけって言われただけで・・・奥様から何か預かってませんか?」
「あー!そうだ。これか?」
龍希は思い出して、鞄から小瓶を取り出した。
そういえば、今朝妻の侍女から執務室に持っていけと渡されたのだ。
「なんですか?それ?」
龍灯の想像とは違ったらしい。
「なんでお前が知らないんだよ!?お前が竜礼に頼んだんだろ?」
「いや、俺は妻の機嫌が悪いから族長の奥様に何かお願いできないか?って竜礼に相談しただけなんですよ!
そしたら、お茶会と、もうひとつ族長の奥様にいいものを頼んでみるからって竜礼が言ってて・・・俺も詳しいことは・・・」
「サクラの香水ですか?」
いつの間にか龍緑がそばにきて、執務机の上の小瓶を覗き込んでいた。
「ん?なんだ知ってんのか?」
「この匂いは知ってます。昔、妻がまだ奥様の侍女をしていた時にこの香水をつけてました。」
龍緑にとって忘れられない香りだ。
「え?あ!ほんとだ。芙蓉の香水だ。」
龍希も小瓶の匂いを嗅いで思い出した。
昔、芙蓉が好んでいた香水の一つだ。
「え?族長の奥様の香水を分けて下さるんですか?」
龍灯も驚いている。
「知らん。これはやるから、竜礼に確認しとけ。」
「ありがとうございます」
龍灯は嬉しそうに小瓶を受け取った。
「・・・族長」
「なんだ?龍緑?」
「俺の妻も明日のお茶会に参加したら、奥様からその香水を分けてもらえますか?」
「え!?なんだ?三輪もほしいのか?」
「龍灯様の妻だけずるいです。」
「芙蓉にきいとくよ。たぶん三輪になら分けると思うぞ。」
「ありがとうございます。」
なんで龍緑が心変わりしたのか龍希には分からなかったが、三輪が来る方が芙蓉は嬉しいだろうから気にしないことにした。
~紫竜本家~
その翌日、三輪は夫と子どもたちと本家に来ていた。
やっと夫の泊まり込みの本家勤務が終わったと思ったら、芙蓉さんのお茶会があるらしい。
芙蓉さんは公式訪問中にワニに誘拐され、同行していた象妻のカモミールは亡くなったそうだ。
芙蓉さんは無事でよかったけど、龍栄の妻がまた亡くなるなんて・・・芙蓉さんは責任を感じて落ち込んでいるらしいけど、そんな中でお茶会なんて申し訳ない。
参加者が龍灯の白鳥妻アイーダと聞いて、三輪は察した。
龍空の買い物を三輪が手伝ったせいで、白鳥妻が怒り、龍灯が芙蓉さんに頼んだのだろう。
夫によれば、龍灯から三輪も一緒にどうか?と誘われたらしいので、三輪も断れない。
龍空の妻のための買い物はして、アイーダのお茶会には来ないのか?
とめんどくさいことになる。
「はあ・・・」
芙蓉さんとユリさんとなら楽しいのに、アイーダが居ては三輪は自由に喋れない。
とはいえ、お茶会の後に三輪だけリュウカの部屋をお訪ねしたら、まためんどくさいことになりそうだし・・・芙蓉さんに誘拐事件のことも聞きづらい。
『今回はお茶会だけにしとこ。』
三輪はそう思いながら支度を終えたところに、夫の侍女であるソウさんが青い顔でやって来た。
「奥様、畏れ入ります。イチョウ亭の奥様がえんじ色の着物をお召しになるそうで・・・」
「え!?」
三輪は思わず侍女のクーラと顔を見合わせた。
三輪が着ている着物と同じ色だ。
他の妻と着物やドレスの色が被らないよう侍女が気を付けているはずなのに!?
「今日は青色の着物と伺っていたわよ。」
クーラはやはり事前に確認してくれていたようだ。
「急きょ変更されたそうです。本家の運搬係が金欲しさに知らせてきました。」
「ちっ!あの白鳥め!!!」
クーラの反応で三輪は察した。
アイーダの嫌がらせというわけだ。
「着替えはある?急がなくちゃ」
三輪は悪態をつく暇もない。
今日は三輪が一番下の序列なので、最初にお茶会会場に行かなければならないのだ。
「予備の着物は朱色でございます。」
クーラはさらに困った顔だ。
さすがに色が近すぎる。
「ほかにない?ドレスは?」
確かクーラは毎回着物とドレスのどちらも用意してくれている。
「ど、ドレスでしたら黄色ですが、族長の奥様も白鳥も今日は着物と聞いております・・・」
「色の被った着物よりはいいわ。ドレスにする。」
三輪は急いで着物を脱いだ。
何枚も重ねて着て、帯を巻くのに苦労したのに一瞬でパーだ。
~お茶会会場~
「はあはあ。」
三輪はなんとか間に合った。
ドレスに着替えるので精一杯で髪型をドレスに合わせる暇もなかったので髪飾りはなし、宝飾品はネックレスだけだ。
今日は一番下の序列なので、質素すぎる格好でも構わない・・・わけない。
粗末な格好で参加したと本家の使用人たちに噂されるに違いない。
三輪が着席するなり、アイーダがやって来た。
鳥の刺繍が施されたえんじ色の着物を着ているけど、似合ってないと思うのは、三輪がムカついているからだろうか。
白鳥妻は寒色系の服装が多いのに、えんじ色なんて初めて見た。
「睡蓮亭の奥様、ごきげんよう」
アイーダはいつもどおりの作り笑顔だ。
「イチョウ亭の奥様、こんにちは。」
三輪はなんとか笑顔を作った。
「あら?部屋が暑いですか?汗をかいておられる。」
『急いで着替えたせいよ!あんたのおかげで』
とは言えないので
「あら、ごめんなさい。お恥ずかしいです。子どもが3人もいると大変で。」
三輪はこう返してやった。
子どもがいるマウントなんて普段はしないけど、今日は白鳥から喧嘩を売ってきたのだ。
「あらまあ。」
三輪の返しが予想外だったのか、アイーダは一瞬だけ眉をピクリとあげ、会話を切り上げて席に座った。
「族長の奥様です。」
今日のお供はシュンだ。
シュンが扉を開けて壁際に寄ると、芙蓉さんが入ってきたけど・・・
「え!?」
「え!?」
三輪はアイーダと同時に声が出た。
なんと芙蓉さんは青色のドレスを着ている。
それも珍しく無地のドレスだけど、大粒の真珠が散りばめられたベルトとネックレスに、大きなダイヤモンド付きのハイヒールで全く地味には見えない。
「こんにちは。アイーダさん、三輪さん」
芙蓉さんはいつもどおりだけど、アイーダは驚いた顔のままだ。
「族長の奥様。申し訳ございません。今日はお着物と聞いておりまして・・・」
芙蓉さんが席につくなり、アイーダから話しかけた。
「ええ。その予定だったのだけど、急に気分が変わったの。2人には伝える暇もなかったけど、色が被らなくてよかったわ。」
芙蓉さんはにこやかに答えているけど、三輪は机の下でガッツポーズした。
『やるう~』
芙蓉さんがそんな気まぐれでドレスに変えるはずがない。
アイーダの嫌がらせを知って急いで着替えてくれたのだろう。
アイーダが元々着るはずだった青色に。
三輪がドレスに着替えることまで想定していたのだろうか?
直接的には言わずにこんな形でアイーダに釘を刺すなんて芙蓉さんは素敵すぎる。
アイーダも芙蓉さんの意図を察して青い顔になっている。
ざまあみろだ。
「三輪さんもドレスなのね!?」
「恥ずかしながら持参した着物に不都合がございまして。」
「そうなの?予備のドレスを用意してるなんて流石ね。さ、お茶会を始めましょうか」
芙蓉さんはいつもどおりアイーダと会話を始めた。
アイーダは作り笑顔に戻っているけど、いつもよりも会話がぎこちない。
三輪は今度は心の中でガッツポーズした。




