かつての仲間
~族長執務室~
ある日、龍希が昼食を終えて執務室に来ると、不機嫌な龍賢と龍算が待ち構えていた。
めんどくさい
「どうした?」
「こちらのセリフです。龍景の妻をこき使うのは辞めて下されと何度もお願いしておりますのに。」
「は?何も命じてねえぞ。」
龍希は呆気にとられながらも思い出した。
そういえば昨日、ユリがリュウカの部屋に来ていて、芙蓉がユリにユタカの後押しをして欲しいと頼んだらしい。
侍女からその報告を聞いた龍景が文句を言ってきてめんどくさかったのだ。
「妻の希望で龍景はこれから別荘に連れていくと言っております。」
「そうなの!?なんで?」
龍希は驚いた。
昨日の龍景は断固拒否していたのに!?
「なんで?族長が龍景に圧力をかけたのでしょう!?」
龍賢と龍算は怒るが、
「かけてねえよ。俺は龍景に言ったぞ。夫竜のあいつが嫌ならユリにさせなくていいって。芙蓉だって、ユリはよくても龍景が嫌なら無理強いはしないと言ってんだ。」
龍希は本当に心当たりがない。
「・・・」
龍賢と龍算は顔を見合わせている。
「ユリが説得したんじゃないか?」
「そんなはずはありません。妻の願いといえども龍景が受け入れられるわけは・・・執着ぶりはご存知でしょう?」
父である龍賢が否定し、龍算も頷いているなら違うのか?
「知ってるから、俺は無理強いできねぇよ。流血沙汰になりかねん。」
龍景に力で負けることはないが、龍希がそんな命令をしたら龍景は怒り狂って襲ってくるかもしれない。
そうなれば、流石の龍希も無傷で龍景を制圧できない。
龍景を負傷させてまで、ユリにさせることではないのだ。
愛する妻の願いでも、龍希に叶えられないことはある。
「なら、なぜ?」
2人は途方にくれているが、龍希に分かる訳もない。
「とりあえず、龍算は一緒に別荘に行け。万一、龍景がユタカを攻撃しそうになったらなんとしても止めろ。鳳雁はまだいるが、龍景の一撃で死んだら困る。」
「畏まりました。」
龍算は執務室を出ていった。
~別荘~
ユリは久々に別荘に来た。
ここは息子の結太が長らくお世話になっていた場所だ。
今はここに芙蓉を助けてくれた解放軍の男がいるらしい。
芙蓉によれば、司令官が龍希に紹介し、ワニ族領で誘拐された芙蓉を探すために龍希たちに協力した若い男らしい。
誰だろうか?
ユリが知らない男かもしれないけど、司令官が信頼していて、龍希に対応できるなんて幹部クラスくらいでは?
でも、解放軍は紫竜を目の敵にしているから、司令官の命令とはいえ、紫竜に協力するなんて・・・そんな柔軟なことができる男がいただろうか?
ユリを知らない相手なら、説得なんて無理だ。
とはいえ、ユリの知ってる相手としてもユリの話を聞いてくれるだろうか?
正直、ユリには自信なんてない。
ただ、あの芙蓉が心を許した解放軍の男に興味はある。
「奥様~こんにちは」
別荘の廊下を半分ほど歩いてきたところで、竜礼と龍算が待っていた。
2人は客間の扉の前にいるので、ここに解放軍がいるらしい。
「こんにちは。龍算様、竜礼様」
「この扉の向こうにいます。特に拘束はしておりません。奥様に何かすることはないと思いますが、龍景のそばを離れないで下さいね。」
龍算は普段と違って営業スマイルではなくやや険しい顔だ。
ユリに話しかけているけど、視線は夫に向けている。
夫は営業スマイルも作れないほど不機嫌だから仕方ない。
コンコン
竜礼がノックして扉を開けた。
やっぱりここは息子の結太がいた客間だ。
家具はあの時と同じ。
違うのは部屋にいるのは結太よりも背の高い年上の男・・・
「マジ!?」
ユリは思わず叫んでしまった。
相手の男も驚いた顔でユリを見ている。
ユリもよく知っている、かつていくつもの作戦で命を預けてきた男だ。
だからこそ、豊だけは違うと思っていた。
司令官への忠誠心は高いけど、豊は龍希に協力するほど柔軟な頭は持っていない・・・ユリの知る豊はそういう男だ。
「奥様が知ってる相手でしたか?」
竜礼は問いかけながらユリを壁の方に移動させた。
夫と龍算は無言で、夫はユリの隣に移動し、龍算は豊側の壁に移動した。
「分かんない。私の知ってる相手なら・・・ここにいるはずないのよね!?」
ユリはまだ半信半疑だ。
豊のそっくりさんかもしれない。
「・・・」
豊は無言だ。
もう無表情になっている。
豊の方もユリが本物か疑っているのかもしれない。
「も~補佐官殿。そんな怖い顔されてたら、ユタカは返事もできませんよ。」
竜礼が夫を嗜めてるけど、補佐官殿!?
普段は龍景と呼び捨てなのに、豊の前だからだろうか?
「・・・私の知ってる豊なら、私が本物かどうかどうやって確かめる?」
ユリは思いきって問いかけてみた。
「・・・え~と、そうですね。」
豊は無表情のまま、喉に左手を当てて小さく咳払いをした。
この癖だけで、ユリは豊が本物だと分かった。
「いや~驚いたよ。すごく綺麗になったね。」
ユリの予想どおり、豊は渾身のキメ顔と普段よりも低くした声で微笑みかけてきた。
こいつがもっとも得意とするのはハニートラップだ。
この作り顔で、どれほどの女が堕ちてきたのか・・・ユリは詳しくは知らない。
そんなことよりも、
「うわ!?きも!」
ユリは全身に鳥肌がたった。
嫌悪感がハンパない。
「ひどいな。ユ・・・奥様がやれと仰ったのに。」
豊は今度は困り顔を作っているけど、やや口角があがっている。
あの頃は、ユリの反応を見て大笑いしていたのに、ここではさすがに抑えているらしい。
「キモいものはキモい」
「そんな顔しないで下さいよ。そんな気はないと分かってるでしょう?」
「分かってもキモいの。死ね!」
「ゆ、ユリ!?どうした?もう止める?すごい顔になってるよ!?」
隣の夫が目の前にやってきて心配そうにユリの顔を見るけど、冗談と分かっていても、ユリは男の口説き文句を聞くと反射的にこんな顔になって、暴言が止まらなくなるのだ。
仕事の時は暴言を抑えることはできるけど、身体の反応だけはどうにもならなかった。
だから、司令官はユリをハニートラップの部隊に入れることはしなかった。
「ううん。ただの確認作業。お互いにそっくりな偽物か疑ってたから。」
ユリがそう言って表情を戻すと、夫は戸惑いながらも隣に戻った。
「ユリでいいわ。私も豊って呼ぶから。なんでここにいるの?」
「・・・これは僕が答えてもいいんですか?」
豊は夫に問いかけた。
「うちの一族の事情で、藍亀の呪いを受けるまでは解放できないんだ。それ以上は言えない。」
夫は不機嫌な声で教えてくれた。
「口封じか記憶喪失の2択ってやつね。芙蓉に聞いたわ。豊も口封じを希望してるの?」
「はい。記憶は差し上げられませんよ。僕は生きて解放軍に返してもらえるらしいので。」
豊は仕事モードのままだ。
これは相変わらず。
「だったら尚更、記憶喪失でいいじゃない!?
豊が記憶を失くしても解放軍は見捨てないでしょ?命をかける必要なんてないじゃない!?
むしろ生きやすくならない?嫌な記憶も全部なくなるんだから。」
ユリは不思議で仕方ない。
ユリの知る限り、豊は獣人に家族を殺され復讐に燃えて解放軍に入った。
だけど、その仇の獣人を豊はとっくの昔に殺している。
もう記憶がなくなっても困ることはないはずだ。
なのに・・・
豊は眉間にしわを寄せて、怪訝な顔になってユリを見てきた。
「何?」
「お前、ほんとにユリか?」
この声と表情は素の豊だ。
「なんだ?」
夫がユリの一歩前に出て豊を睨んでいる。
豊の後ろにいた龍算も一歩前に出た。
龍算は夫から豊を守る役割らしい。
「ねえ、豊って今、殺気出した?」
ユリは夫に尋ねてみた。
「いや、殺気ではないけど・・・わずかに怒気が混じってた。」
夫のセンサーはすごい。
「大丈夫よ。豊は私に攻撃なんてしないわ。
別に怒らせるつもりはなかったんだけど、何か悪いこと言った?」
ユリは夫を宥めながら豊に尋ねた。
なぜ豊がこんな反応をするのか、ユリにも分からない。
「・・・その質問にうまく答えられないから、僕からも質問してもいい?」
「いいわよ。夫は豊に何もしないわ。私に殺気を出すか、本気で口説きでもしない限りは。」
「ユリはなんでここにいるの?」
「解放軍辞めて、彼の妻になったから。」
ユリは答えながら、隣の夫をちらりと見た。
「なんで?」
「色々、あったんだけど、探してた息子が見つかったの。で、もう生きてる意味も理由も無くなったなーって思ってたら、夫が私の命を惜しんでくれたのよね。」
ほぼ何も説明してないに等しいけど、解放軍に入った目的を達成したから辞めたことだけは伝わっただろう。
「ふ・・・」
豊は吹き出したかと思ったら、なんと大爆笑し始めた。
「え!?」
あまりにも予想外の豊の反応にユリは呆気にとられた。




