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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第2章 夫婦編
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邂逅

「ね~ね~」

「しー。起こしちゃダメよ。」

男の子と若い女性の声が聞こえる。

三輪は目を開けた。真っ白な天井が見える。

「奥様、目を覚ましたようです。」

これは中年女性のような声だ。

「よかった!大丈夫?」綺麗に化粧をした若い女性が三輪の顔を覗き込んだ。

「だれ?ここは・・・」三輪はまだぼーとしている。

「砂浜に倒れているのを息子が見つけたの。お水飲める?」

「ありがとう・・・ございます。」

三輪は上体を起こしコップを受け取って飲んだ。

甘酸っぱいレモン水だ。頭がはっきりしてきた。

「あ、あの・・・」

目の前には、高級な着物を着た女性と・・・カモメ!じゃないフクロウの獣人がいる!

「意識も戻りましたし、大丈夫そうですね。しかし人族がなぜこの島に?」フクロウは怪訝な顔で三輪を見る。

「よかったわ。でもあなた・・・あの極寒の海を泳いできたの?」女性は不思議そうに三輪を見る。

「いえ・・・」三輪は驚きと恐怖でそれしか声が出ない。

『なんで人と獣人が一緒に?それにこの女性はなんで獣人を怖がってないの?』


「シュホウの臭いがする。何を持ってる?」


今度は若い男の声がした。

三輪は驚いて声の方を見る。

『え!かっこいい!』

 紫色の髪をした20代半ばくらいの男性が少し離れたソファーに座ってこちらを見ている。

足元には同じく紫の髪をした2歳くらいの男の子がいる。

2人とも高級そうな着物を着ているところを見るとこの女性の夫と息子だろうか?

「あなたシュホウの関係者?」

女性が尋ねるが、三輪は何のことか分からない。

「こんな深紅の羽を知らない?」

女性は肩にかけた深紅のストールを持ち上げる。

「あ!」

三輪は懐から1枚の羽を取り出した。

「どこでこれを?」フクロウが三輪を睨む。

「え・・・友人に餞別で・・・昔、紅葉の森で拾ったって・・・」

水連町で別れた明日香は以前そう言っていた。

「凍死しなかったのはそれのおかげだな。それに・・・カモメの臭いがする。」

若い男が立ち上がって近づいてきた。

「あ・・・はい。船がカモメの獣人に襲われて・・・」三輪は思い出して目が潤んだ。

「ああ、そういえばカモメがこの近くの人族の町ともめてるらしいな。」

「え?」若い女性と三輪は驚いて若い男を見る。

「アイキの使用人が噂していた。このあたりの人族の島はカモメが鎮圧したと。」

「そんな話、港町では全く・・・」三輪は絶句する。

長姉もその夫の家族もそんなこと一言も・・・

「あなたは無事でよかったわ。」女性の声は優しい。

「家族はみんな襲われて・・・なぜか私だけ」三輪の瞳から涙が溢れる。

「その羽のおかげだな。鳥族でシュホウにけんかを売る馬鹿はいない。」

若い男は椅子に座った女性の髪を指でいじりながら、三輪の方を見もせずにそう言った。

声からは何の感情も感じない。

 男は左手の薬指に女性と同じダイヤモンドのついた指輪をしているのでやはりこの2人は夫婦のようだ。

『ダイヤの指輪に高級そうな着物・・・もしかして貴族の夫婦かな?』

「あなた。彼女を港町まで送ってあげてくださいな。」

「ん?まあ妻の頼みなら。けど代わりにシュホウの羽はもらうぞ。ただで助ける義理はない。」

「もう!そんな言い方なさらなくても」


「この羽でよければ。」

友人からもらったものだが、三輪は他に価値あるものは何も持っていない。

三輪が深紅の羽を差し出すとフクロウが取って男に渡した。

「じゃあシュン、頼んだ。町の方向は分かるのか?」

「いえ。それに港町に帰る場所はなくて・・・」

長姉は死んだ。それにその夫は知ってて船を・・・三輪が戻れば夫家族はまた三輪を殺そうとするに違いない。

「故郷は別にある?」女性の声は相変わらず優しい。

「もうないです。ヘビの獣人に襲われて・・・」三輪の瞳からまた涙が溢れる。

「町が獣人に?」女性は驚いている。

「町に獣人相手に人身売買をしてた悪い奴らがいて・・・そいつらは処刑されたのに、手付金はもう払ったから若い娘を売れってヘビたちが。手付金は返すって断ったら町を襲ったんです。」

「そりゃ怒るだろう。取引担当が居なくなったからって取引をなしになんてできないさ。そんなことも知らないのか?」

男は鼻で笑った。


『さっきから何なのこの男!』


人の心がないのだろうか?

「人と獣人では取引の常識が違いますから。でもそんなこと専用エリアの商人なら知っているはずですけど・・・いえ、それ以前に獣人相手の人身売買なんて・・・」女性は困惑している。

「うちの町に専用エリアはないです。闇商売をしてた奴らが悪いのに・・・無関係の私たちを巻き込んで・・・」三輪は嗚咽を漏らす。


「ふーん。じゃあ帰る場所がないのか?じゃあフヨウの毒見役にするか?ちょうど次のを調達しようと思ってたんだ。」

『え!ふよう?』

会ったことのない元夫の妹と同じ名前だ。いや、ありふれた名前なのかもしれない。同一人物のはずがない。

「いいえ。彼女は人の町に帰してあげましょう。」

「あの・・・雇って頂けるなら是非!毒見も子守りもできます!兄の2歳の子で経験があります。中学まで出ていますのでご商売の手伝いもできます。」

三輪にはもう家族もおらず帰る場所もない。

1人、町に戻っても奴隷商人に捕まって売り飛ばされるだろう。働き口を得るまたとない機会だ。

この冷血漢は嫌だが、この優しそうな奥様は使用人を大切にしてくれそうだ。


 だが、女性が躊躇いながら答えた言葉を三輪は理解できなかった。

「人は私だけなの。夫も子どもも人じゃないわ。」


「私たちは明日の午前中にこの島を出るから、それまでにどこの町に帰るか決めてね。頼れる家族が居ないなら、自分の居場所は自分で決めなさい。」

いままでとは違う凛とした表情で女性はそう言うと立ち上がった。

 フクロウの獣人が赤ちゃんを連れてきて女性に渡した。三輪からは見えない場所に赤ちゃんが寝かされていたようだ。

 男が女性の肩に左手を回し、駆け寄ってきた男の子を右手でだっこして一緒に部屋を出ていった。

「この部屋からは出ないように。出たら命の保証はできません。奥様への恩を仇で返すことがないようにね。」

フクロウはそう言って女性たちの後を追っていった。



 部屋に一人になり、三輪はぼんやりと窓から海に沈む夕日を見ていた。

昨日まで家族みんなで見ていたのに・・・三輪は今や天涯孤独だ。1人で生きていかなければならない。


 あの男も子どもも人じゃないならあの女性はどうして一人で?

獣人たちは妻にするために若い娘を買っていると聞いたけど・・・あの女性はどう見ても売られた娘には見えなかった。

髪も肌も艶やかできれいな恰好をして・・・獣人が側にいても動じる様子がなかった。

 それにあの男と子どもは獣人には見えない。髪の色は変わっているけどどう見ても人間だった。

でも女性が嘘をついているようにも思えなかった。


『どうしたらいいの・・・お父さん、お母さん、お兄ちゃん、ねえちゃん』

三輪はまた泣き出した。


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