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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第2章 夫婦編
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三輪の受難

 「どうして・・・どうしてこんなことに・・・」三輪(みわ)はカモメの獣人に襲われ、今まさに沈んでいく船を見ながら呆然と呟いた。


 三輪は昨年5月、水連町(すいれんまち)の薬屋と離婚して実家に戻った。

 実家のある清水町しみずまちは少し前から若い娘の誘拐・失踪が増え、町の警察は大忙しだった。

同じころにヘビの獣人が町の近くで目撃されることが増え、誘拐はこいつらの仕業では?と噂になっていた。


 その年の秋、貴族院の指示を受けて、首都の役人が若い娘の行方不明者の実態調査と人身売買の取り締まりに来たので、三輪は父と一緒に元夫とその母を告発した。

 清水町でも人身売買の罪で商人が何人も逮捕された。その多くは自分の娘を売ったのではなく、農村から娘を買いたたいてヘビの獣人たちに売りさばいていたらしい。

獣人への人身売買は極刑だ。

雪の降る中、全員が処刑された。父と兄は町の膿を出し切り、三輪たち若い娘が安心して暮らせる町に戻すと張り切っていた。


 ところが、今年の4月、雪が解けて暖かくなった頃、ヘビの獣人たちが町にやってきた。

処刑された商人たちにすでに手付金を支払っていたから、商品・・・若い娘の奴隷を売れと要求してきた。

父たち町の商人は当然拒否し、手付金は処刑された商人たちから没収した金で返すと提案した。

しかし、なぜかヘビの獣人たちは激怒し、3日もたたないうちに清水町を襲撃したのだ。

三輪たち非戦闘員は町の外に避難するしかなく、町の兵士や警察は残って戦ったらしいが・・・三輪たちは二度と故郷の町に戻ることはできない。

 それでも幸いだったのは、三輪の両親、兄夫婦とその2歳の娘の全員が無事だったことだ。

父は三輪の次姉が嫁いだ西の大きな町に家族を連れて向かった。約1ヶ月、バスと船を何度も乗り継いで辿り着いた町は・・・

どこにもなかった。

正確には焼け野原になった町の跡が残っていた。

 最後にバスに乗った町まで戻って事情を聞くとなんと昨年の秋に次姉の町はワニの獣人に滅ぼされたらしい。

むごいことに町民全員が・・・。

理由は清水町と同じだった。首都に近いこの町はいち早く人身売買の摘発に乗り出し、取引相手だったワニ族の恨みを買ったのだ。

 今年の春に町の焼け跡からワニたちはいなくなったが・・・骨ひとつ残っていなかったと教えられ、三輪たちは涙が止まらなかった。


 父は今度は北の港町に嫁いだ三輪の長姉に手紙を出した。2週間後、宿泊先に長姉から返事が来て、三輪たちは安堵した。今度は2ヶ月かけて陸路を進み、2日前ようやく長姉家族の家にたどり着いた。

 長姉は3月に流産して体調を崩していたらしく、随分と痩せていた。それでも渋る夫を説得して三輪たちの住まいと仕事を見つけてくれていた。長姉の夫が経営する島の旅館が人手不足になっており、そこに住み込みで働けることになった。酒屋とは全く違う仕事だが文句は言えない。

 今朝、長姉の夫が用意してくれた船に一家で乗った。長姉は夫の代わりに旅館の店主に挨拶に行くとついてきた。

夜明け前に港を出発し、2時間で島に着くはずだったが、なんと船がカモメの獣人に襲われたのだ。


 船のエンジンを壊され、船のいたるところに穴を開けられた。船員はもう船は沈没するからと言い、三輪は1~2名乗りの救命ボートに乗せられて海に降ろされたが、上空を飛ぶカモメの獣人たちからは丸見えだ。

次々と家族の乗った救命ボートが襲われ、三輪のボートにもカモメが飛んできた・・・

だが、

なぜだろう?

カモメは三輪のボートの上空を旋回するものの襲ってはこない。

三輪は意味が分からなかったが、とにかく沈没する船から逃げるしかなかった。


 そして冒頭に戻る。船は完全に沈み、ほかの救命ボートは・・・1隻も見えない。

三輪は一人、ボートの上で泣いた。

照り付ける太陽も冷たいはずの海風も何も感じなかった。

ただただ泣いた・・・

 どのくらい経っただろう?視界の隅に島が見えた。

ボートはずっと波に流されていたようだ。

『もしかしてあれが目的の島?』

三輪はボートを漕いで島に向かう。

岩ばかりの島に見えるが・・・

「あれ?」

急にボートが進まなくなった。

もう島は目前なのに・・・潮の流れというものだろうか?

島に近づけない。

どうしよう・・・

三輪は中学までスイミングスクールに通っていたから泳げはするが、海は初めてだ。

それに北の海は冷たいはず・・・


あれ?そんなに冷たくない。


 三輪は意を決して下着姿になると、服を袋に包んで頭の上に乗せ、島に向かって泳いでいく。海の中は思ったよりも温かい。島はどんどん近づいてくる。


「はあ、はあ・・・」

30分以上泳ぎ続けてようやく真っ白な砂浜にたどり着き、水にぬれないところで三輪は倒れた。

頭の上の袋が砂浜に転がる。

もう動けない・・・だが急に冷たい風が吹きつけてきた。

「寒い!凍死しちゃう!」

三輪は最後の力を振り絞って、袋から服を取り出すと、シャツをタオル代わりにして身体を拭き、乾いている服を着た。

 また砂浜に倒れ込んだ。

瞼が重い・・・のどがカラカラでお腹もすいている。ただ寒さはましになった。


サクサクと砂浜を歩いてくる音が聞こえた。

『誰?助けて』

・・・視界の隅に和服姿の子どもが見えた。こちらに向かって走ってくる。


三輪はそこで意識を失った。


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