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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第2章 夫婦編
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藍亀の島

「凄い!これが海ですか?」芙蓉は海を見て歓声をあげる。

 海を見るのは生まれて初めてだ。芙蓉の故郷にはなかった。

 夫の取引先である藍亀の島は北の海に浮かんでいるとのことで、一角獣の馬車で半日かけて飛んできた。

 もう7月なのに風が冷たい。まるで晩秋の風のようだ。

北に行くと聞いてドキリとしたが、芙蓉の故郷よりもかなり寒いので全然違う場所のようだ。

かつて明日香に遭遇したときの様に昔の知り合いに会うのは嫌だった。まして芙蓉を売った家族には・・・二度と会いたくない。


「芙蓉」

夫の声に振り返ると崖の方から1つの人影が近づいてくる。

『もしかしてこの人が藍亀?』

 藍色の長い髪を頭の上でお団子にし、うす緑のワンピースを着た若い女性が歩いてくる。人と違うのは背中に髪と同じ色の甲羅を背負い、真っ黒な尻尾が足の間から見えるところだ。

 藍亀も神獣らしいが、亀の獣人とはどう違うのだろう?芙蓉は亀の獣人を見たことがないから分からない。

 藍色髪の女性は夫に向かって深々とお辞儀をする。

「枇杷亭の旦那様とご家族ですね。私は藍亀族長より案内を命じられました亀黄(きき)と申します。我らの島までご案内いたします。馬車はいかがされますか?」

「使用人が居るからお気遣いなく。」夫はそう言って御者台の穏さんを見る。

 馬車では藍亀の島がある海を渡れないらしい。穏さんはこのまま馬車に乗って枇杷亭に戻り、明後日またここに迎えに来てくれることになっている。


「ではご案内致します。」

亀黄は海の方に向かって歩いていくが、夫は動かない。

芙蓉は困って亀黄を目で追う。

砂浜を歩く女性の姿が揺らめいたと思ったら、10メートルを超えるであろう藍色の巨大な海亀が現れた。

「ええ!」芙蓉は驚きのあまり大きな声が出てしまった。

「お前たち。子どもたちを頼む。」

夫がそう言うと、シュンは羽を広げて浮き上がり、息子を鳥の足で掴むと巨大な亀の甲羅の上まで飛んでいった。

「奥様。姫様は私に。」

ククに寝ている娘を渡すと、ククは娘を抱いて亀のそばまで走って行き、勢いよくジャンプするとピョンピョンと亀の甲羅を跳んで上がっていく。疾風さんは両手に荷物を抱えて同じように跳んで上がっている。


『恐るべし獣人の身体能力・・・』


というか芙蓉はどうやって乗ればいいのだろう?

空も飛べなければ、5メートル近くの高さがある亀の甲羅をジャンプして登るのも無理だ。

「芙蓉、おいで。」

夫はそう言って芙蓉を抱き抱えるとふわっと宙に浮いた。

亀の甲羅が見下ろせる高さまで浮き上がると空中をスタスタ歩いて亀の甲羅に乗った。

「・・・」芙蓉は驚きのあまり声が出ない。

夫が空を飛べるとは知らなかった。

 でも、考えてみれば、子どもたちは小竜のときは翼を開いて飛んでいるのだから、夫が飛べないはずがなかった。

成獣になると人の姿の時でも飛べるようになるのだろうか?

でも、それならどうして普段は空飛ぶ馬車に?

今更ながら夫について色々なことが気になってきた・・・


「では、参ります。」

足もとから亀黄の声が聞こえると同時に亀が動き始めた

・・・のだが甲羅の上は全く揺れない。

なんとも快適な船?旅だ。

 息子は初めて見る海に釘付けになっている。甲羅から身を乗り出して泡立つ海面を見ているので芙蓉は落ちないか心配で仕方なかったが、夫は

転変して飛べるから大丈夫だろ

と言って、息子には目もくれず芙蓉を抱えたまま離さない。

夫からすれば飛べも泳げもしない芙蓉の方が心配らしい。

 娘は目を覚まして、ククの腕の中から海面を見ている。潮の臭いが気になるのかしきりに首を横に振っている。

 シュンは亀の横を翼を広げて飛んでいる。フクロウの矜持として亀に乗って運ばれるのは受け入れられないらしいが・・・獣人のこだわりはよく分からない。



 20分くらい経っただろうか?

 前方に真っ白の巨大な島が見えてきた。島の8割は真っ白な石の山で、穴が無数に空いている。残りは真っ白な砂浜で木は一本も生えていない。

真っ白な砂浜に巨大な亀が上陸すると乗った時と同じように各々砂浜に降りた。

と同時に巨大な亀が揺らめき、ワンピースを着た女性の姿に戻った。

不思議なことに女性は全く濡れていない。

「どうぞこちらに。」亀黄は真っ白な石の山に案内する。

 入口と思しき大きな穴に入ると床には水色のじゅうたんが敷かれ、壁は淡い水色に光っている。不思議なことに壁自体が光を発しているのだ。

「鶯亭のご家族は先ほどお着きだそうです。族長たちは夜の宴会時にご挨拶しますとのことです。18時にご案内に参りますのでそれまでどうぞご休憩くださいませ。」芙蓉たちを客間に案内すると亀黄は一礼して下がっていった。


 客間は紫竜本家の客間と同じくらい広い、それに大きなバルコニーがついていて、海が一望できる。

 疾風は荷物を降ろすと使用人用の客間に下がっていった。紫竜本家の時もそうだが、夫は疾風が芙蓉と同じ部屋にいることを許さないのだ。他の雄の使用人も同じで、枇杷亭でもリュウカの部屋に入ってくることはなく、庭師の穏さんに至っては夫がいる時には話しかけてもこない。

 何もそこまでと芙蓉は思うが・・・夫の嫉妬深さは尋常ではない。



 荷ほどきを終えてククがお茶を煎れてくれた時だった。

扉をノックする音が聞こえる。

隣に座っている夫がびくっとして立ち上がり、慌てて服装を正している。


夫がこんなに礼儀正しくなる相手はただ1人・・・


シュンが扉を開けると入ってきたのは龍栄家族だった。

「お疲れのところすみません。」紫髪のイケメンは今日も優しそうな笑顔を浮かべて頭を軽く下げる。

「こちらからご挨拶に伺いましたのに。申し訳ないです。」夫はまた慌てている。

「芙蓉様。こんにちわ。」

ニャアが笑顔で芙蓉に近づいてくるので、芙蓉も笑顔になる。

この白猫の笑顔にはやっぱりキュンとしてしまう。

ニャアの方が先に成獣し、立場的には芙蓉の義姉なのだが、この無邪気さとかわいらしさから妹のように思えてしまう。


「りゅうよう、りゅうきんあそぼ!」女の子の声がした。

紫の髪をした龍陽よりも頭一つ分背が高い着物姿の女の子がニャアの後ろから部屋に入ってきた。

4歳くらいかな?

というか誰?


「竜縁様!また大きくおなりで。」


夫が驚いた顔で女の子を見る。

「え!」芙蓉も驚いて女の子を見る。


嘘・・・5月は竜琴と同じくらいの白い子猫だった。先月1歳になったはずだが・・・来月2歳になる龍陽よりもはっきりしゃべってる。


「りうえ」龍陽が笑顔で女の子に駆け寄る。

竜琴は客間に入ってすぐ授乳したので今はベッドで寝ている。

「ふふ。子どもたちもすっかり仲良しですね。芙蓉様。私たちもおしゃべりしましょう。」

「ええ。ニャア様。またお会いできて嬉しいです。」

 芙蓉とニャアは並んでソファーに座った。

娘たちの転変祝いの後、そのまま2週間ほど本家に滞在したが、夫たちが仕事の間はニャアと竜縁と一緒に過ごしていたのですっかり仲良しだ。

 龍栄は上機嫌な妻を見てニコニコしているが、夫は何とも言えない表情をしている。


相変わらず異母兄の前では緊張するようだ。


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